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お水


 禁断の森の中は、不気味に静まり返っている。そこにはただ、木々が立ち並んでいるだけで、生き物の気配そのものが存在しない。背の高い木に遮られて薄暗いし、オマケに、風の通りが悪いしで、とにかく音がなくて、森と呼ばれるにふさわしくない、静寂さを保っている。森って、もっとこう、風で木々が揺れて、四六時中五月蝿い物だと思ってたから。その概念は、崩された。


「不気味な場所ですね……」


 手を繋いでいるユウリちゃんの手に、僅かに力が入った。

 本当に、そう。昼間でこの明るさで、この静けさは、オバケが出るには絶好のシチュエーション。勘弁してください。


「ふ、ふん。なんですか、これくらい。10万Gを思えば、余裕ですよ」


 イリスは強がっているけど、ユウリちゃん以上に、繋いだ手に力が入っている。


「おい、そこの三人!私からあまり離れるな!」

「ひっ」


 震えるボク達を、メイヤさんが少し離れた所から、大きな声で呼んだ。

 静寂に響き渡ったその声に、ボクは思わずビックリしてしまった。メイヤさん。こんな静かな場所では、少し声のボリュームを下げて欲しいです。

 森の中は、足場に木の根っこが張り巡っていて、非常に歩き難い。巨大な根っこの上を歩いたり、小さな根っこに足を取られたり。木の大きさを考えれば、根っこの大きさも納得なんだけど、それがまるで蠢いているみたいに見えて、気持ち悪い。薄暗いから、余計にそう見えるのかもしれない。

 そんな道なもので、ユウリちゃんとイリスの歩くペースは、早速落ちている。


「……はっ。ギルドマスターの、お気に入りか。手ぶらで禁断の森に入るとは、余裕だな。こっちは命がけだって言うのによ」

「おい、よせ。聞こえてるぞ」


 同じ班の、冒険者の男の人が、そんなボクらに向かい、小言を言ってきた。静かなので、余計によく聞こえるけど、彼も別に隠すつもりはないようだ。それくらいの、声の大きさだ。

 でも、彼らの言いたい事は分かる。本来ボク達は、このクエストに参加する条件も満たしていないのに参加させてもらっていて、更にはメイヤさんが傍にいてくれる。真面目にやってきた人から見たら、簡単に受け入れられるような事ではないだろう。

 ボクは別に気にしないけど……ああ、やっぱり。イリスが怒って、ボクの手を離してお兄さんの方へ行こうとする。


「聞こえてるんですよ、この──」


 こんな所で、喧嘩なんてゴメンだ。ボクは、イリスを片手に抱え、もう一方の手でユウリちゃんの手を引き、メイヤさんの方へと駆け寄った。


「とめるな、ネモ!あの男、雑魚のクセにバカにして、許せません!殺しましょう!殺して、この森に遺棄しましょう!」


 わめくイリスに、ボクは構わない。落ち着くまで、こうして抱えておこう。


「……仲がいいのは構わないが、あまり騒ぐと、モンスターを引き寄せる事になるぞ」


 メイヤさんの冷静な忠告に、イリスはようやく落ち着きを取り戻して、静かになった。

 だけど、ふと思い返せば、メイヤさんの先程の大声の方が、マズイ気がするんだけど。ボクは思わず、辺りを見渡してモンスターがいないか確認してしまったけど、とりあえずはいないみたい。まぁまだ、森の入り口付近だ。さすがに、こんな初っ端からモンスターなんて出ないよね。たぶん。


「何か、手がかりになるような物を、見逃さないようにしてくれ。私は、辺りの警戒に重点を置く」


 メイヤさんにそう言われて、ボク達は辺りを見渡しながら、なるべく静かに歩き、手がかりを探った。

 ゲームなら、何か分かりやすいヒントや、道が一本道だったりするので、すぐに何かしらの手がかりが見つかったりするんだろうけど、現実はそうはいかない。無理です。見つかる訳ないです。この森、どんだけ広いと思っているんですかって話だ。

 ボク達は、特に何も見つけられないまま、歩き続ける。道は、奥へ行けば行くほど険しくなり、それがボク達の体力を奪っていく。冒険者達の中には、息も絶え絶えで、遅れ始めている人もいるくらいだ。そんな中で、ユウリちゃんはこの道に慣れてきたのか、そんな冒険者達よりも、遥かに効率よく、早く歩いているので感心してしまう。

 そんな感じの道を、イリスが付いてこれる訳ないので、ボクが担いで運んでいるのは、言うまでもない。


「……よし。休憩だ!」


 メイヤさんのその宣言に、冒険者達はその場に崩れ落ちた。

 でも、静かにと自分で言っていたのに、相変わらず指示の声がデカイ。もう、それなりに森の奥へ入ってきているんだから、いい加減静かにしたほうがいいと思います。

 とは言え、休憩は嬉しい。ボクはイリスを肩から下ろし、ユウリちゃんと3人で、適当な根っこを背にして座り込んだ。


「よく、付いてこれているな。てっきり、もっと早くリタイアすると思っていたのだが」


 メイヤさんは、そんなボクらの近くで、木を背中にして立ったまま、そう言った。

 その片手には、水の入っている水筒が握られていて、メイヤさんはそれに口を付けて、軽く喉の渇きを癒している。


「一人、付いて来れていませんでしたけどね……」


 ユウリちゃんがそう言って、イリスを睨む。けど、イリスは胸を張って偉そうにするだけ。


「ところで、私も喉が渇きました。水を所望します」


 しかも、言っている事も偉そう。

 でも、よく考えたらボク達、水なんて持ってきていない。ボクは全然喉渇いていないからいいけど、ユウリちゃんが心配だ。ユウリちゃんはずっと歩いてきて、汗をかいているし、体力を消耗している。


「はい、お姉さま」


 そんなユウリちゃんが取り出したのは、水筒だった。麻袋でできた水筒は、ちゃぷちゃぷと音がしていて、中には水が入っている。


「どうしたの、コレ?」

「こんな事もあろうかと、お家にあった水筒にお水をいれて、持ってきておいたんです」


 さすが、ユウリちゃん。準備が良い。


「でかしました、ユウリ!いただきます!」

「ダメです!お姉さまから、です!」


 ユウリちゃんは、伸びてきたイリスの手を叩き落し、ボクに水筒を差し出してくる。けど、ボクはあまり喉が渇いていないし、水筒の大きさも、そこまで大きい物ではない。


「……」


 ボクは、それを受け取って、口をつけると、水筒を傾けて飲んだフリをした。それから、ユウリちゃんに手渡す。

 それを見て満足したのか、ユウリちゃんは嬉しそうな笑顔を浮かべ、そして顔を赤くして、ボクが口をつけた場所を、丁寧に嘗め回しながら、喉を鳴らす。うん。汚い。

 それを見ていたイリスは、引いている。そして、ユウリちゃんが水を飲み終わり、水筒をイリスに渡すけど、それに口を付けることを戸惑っているよう。普通に口をつけたくらいなら、イリスも気にはしないだろう。けど、アレを見せられた後にそこに口を付けるのは、勇気とか、忍耐がいる。


「はっ!そうだ、イリス。よければ、私の水を飲まないか?」


 そう申し出たメイヤさんだけど、メイヤさんは自分の水筒に改めて口を付けて、舐め回すという暴挙に出た。


「……次からは、飲む順番を変える事を要求します」


 そう呟いて、イリスはユウリちゃんが持ってきた水筒に、口を付けました。


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