反省
アンリちゃんが、生きていると言った言葉。ボクは、やや遅れて、ようやく反応する事に成功します。
「おーい、ネモさーん?おーい」
アンリちゃんの手が、ボクの前で左右に動き、ボクの反応を待っている。そろそろそれに、応えないといけません。
「い、生きてるの!?イリスも、ユウリちゃんも、ロガ──」
「しっー!」
ロガフィさんの名前を言おうとしたら、アンリちゃんは慌てて、ボクに黙るように言ってきました。ボクの口を塞いでくるアンリちゃんだけど、その手は実際、ボクの口をすり抜けています。だけど、驚いたので途中で口を塞ぐことには、成功しました。
「生きてるよ。全員、無事」
「で、でも、どうして……?イリスは確かに、ジェノスさんに斬られて……」
「それは、ボクにも分からない。ボクはその現場を、見てないから。でも、ちゃんと無事だから、安心して。今はそれだけ、頭に入ってればいい。良いね?」
「……」
アンリちゃんの目は、真剣でした。今は、それについて話している暇はない。そんな事を物語っていて、アンリちゃんらしくありません。それほどまでに、何か重要な事があるに違いありません。
「う、うん……分かった。それで、充分だよ……」
ボクは、息を吐き、安心しました。嬉しくて、叫びたくなってしまうけど、やめておきます。
「でも、そっかぁ。よかった……本当に、良かったよぉ……」
震えながら喜び、そんなボクの手に、アンリちゃんが手を重ねて来てくれました。温もりを感じる事はできないけど、アンリちゃんの気持ちは、素直に嬉しいです。
「それで、だ。重要なのはここからで、君たちはあのドルチェットとかいうリッチに嵌められて、まんまと敵さんのど真ん中へと連れて来られてしまったんだよ」
「う、うん……」
それは、分かっている。だから、全員捕まってしまい、檻の中にいれられてしまっているんだ。
レンさんとヘレネさんは、丁重な扱いでどうの言っていたから、たぶん酷いことをされたりはしないだろうけど、他の皆は違う。だから、早くなんとかしないと。
「でも、ロガフィさんの正体は、バレていない。それはたぶん、ロガフィさんは魔族だから、本当にダークエルフか何かだと思わせて、騙す事ができたんだ。更にイリスさんに関して、ドルチェットは何か、特別な気配を感じていたみたいだよ。正体までたどり着いていたかどうかは分からないけど、イリスさんの正体に気づかれたら、きっと酷いことになる」
「……」
イリスの正体は、女神様だ。今は力を失っているけど、もし魔族と対立する女神であるイリスの正体に気づいたら、それこそ目も当てられないような事をされてしまう。絶対に、捕まる訳にはいかない。
でも、捕まったりはしなかった。その前に、ジェノスさんに斬りつけられて、崖から落とされたから……。
「──もしかして、ジェノスさんはイリスを逃がすために、わざとあんな事をしたの……?」
「なんか、凄い事をしたみたいだねぇ。ボクはさっきも言った通り、見てないから分からないけど、そうみたいだよ。イリスとロガフィさんを逃がすために、わざとやったんだ。ジェノスさんは、ドルチェットが君たちの正体に気づいて招き入れた事を、知ってたんだよ。それで、あの場からとりあえず、ロガフィさんとイリスさんを逃がすために、一芝居うったとか。ユウリさんが、そうネモさんに伝えろって言ってた」
「そう、だったんだ……」
ボクは、何も知らず、何も悟れずに、ジェノスさんに対して、凄く強い憎悪を向けてしまった事を、後悔します。そもそも、ロガフィさんのために命を尽くすジェノスさんが、ロガフィさんにとって大切なイリスに、酷いことをするはずがなかった。
ボクは、自分の頬を叩きました。両方の手で叩いて、乾いた音が、この狭い部屋の中で反芻して響きます。
「わっ。い、痛いよ、ネモさん。ボクは幽霊だから痛みを感じないけど、それは痛いよ……」
「……ユウリちゃんたちは、怪我もしてないんだよね?」
ヒリヒリとした痛みを、頬に感じつつ、ボクは立ち上がりました。コレで、ジェノスさんに対する罪の意識は、帳消しです。
「う、うん。崖の底で、しっかり生きてたよ。ボクは先回りしてこの町に侵入してたんだけど、このお城の崖の下は、死者の魂がたくさん彷徨ってて、凄く居心地の良い所だったんだ。それに、隠れるのに丁度良くて、潜んでたんだよ。そこに、三人が降って来て、驚いたよ」
「他の、皆は?拷問されて、酷い目に合ってるかもしれない。だったら、助け出さないと」
「レンさんと、ヘレネさんは、お城の中に連れていかれたよ。さすがに、お城の中にはボクの気配に気づく魔族が多くて、ついて行くことはできなかったけどね……。あとは、皆ネモさんと同じように、牢獄に閉じ込められてる。まだ、拷問とかはされてないから、安心して。ユウリさんから伝えるように言われた、今すべきことも、伝えてあるよ」
「……ボクは、どうすればいい?」
「うん。ネモさんは、おとなしくてて、だってさ」
「分かった。おとなしくしてるね」
ボクはそう答えて、拳を作って気合を入れます。気合を入れたけど、おとなしくしているのに、気合も何もありませんでした。
「おとなしく……?」
「そう。何があっても、ここにいて、おとなしくしてて。だってさ。他の皆は、ユウリさん達の下に集合して、反撃の機会を伺うみたい。実際もう、密かに皆、逃げ出してる。ジェノスさんの様子から察するに、何か魔王を裏切れない理由が、ロガフィさん以外にも何かあるんじゃないかって……そう言ってた。だから、それを取り除かないと、だってさ」
「そ、それはいいけど……ボクだけ、ここにいるの……?」
「う、うん。そうして欲しいって……」
まるで、ボクだけ除け者みたいな扱いに、ボクは床に座り直しました。そしてうずくまります。
ユウリちゃんの事だから、絶対に何かあっての事だと思うけど、寂しいよ。今すぐ、ユウリちゃんを抱きしめたい。イリスも抱きしめて、その温もりを感じたいよ。




