都市への入り口
馬車が、大きく揺れて、それで目が覚めました。かと思えば、すぐに揺れは収まり、やがて止まりました。
途中で、凄く寒くなったり、かと思えば暑くなったりと、寒暖差の激しい馬車での旅でした。見張りの骸骨は、そんな激しい寒暖差を乗り越えるために、皆に毛布を用意してくれたりしました。ボクにも、です。この骸骨は、案外いい魔族なのかもしれません。
ちなみに今は、割と過ごしやすい気温となっています。
「ふあっ……」
あくびをしながら、壁に開いた穴から外を覗くと、外はまだ夜です。どのくらい眠っていたのかは分からないけど、少し眠れたので寝ざめは悪くありません。
皆も、眠っていたのか、今の衝撃で起き始めています。イリス以外。
「……魔王の下に、ついたのですか?」
「いえ。ここはまだ、魔界の都市の入り口前よ。魔王様の待つお城へは、ここからまだ、馬車に揺られて一時間程ね。都市は、馬車の飛行とかが禁止されているから、ここからは飛んでいけないの」
レンさんの質問に答えたのは、ヘレネさんです。窓から顔を出して外を覗き、そうボク達に教えてくれました。
魔界の都市って、どんな所なんだろう。わくわくしながら、穴から外を覗くと、そこには大きな門がそびえたっていました。薄暗いながらも、その門が、どこまでも高くそびえたっているのが、よく分かります。ディンガランの物とは、比べ物になりません。たぶん、観音開きに開くんだろうけど、門の開いた痕なのか、地面がキレイな曲線を描いて、抉れてます。
「──リッチの王。ドルチェット」
突然、低く、呻るような声が、響き渡りました。さほど大きな声ではないけれど、まるで、大地をゆするかの如く、よく響く声です。
「ドゥマよ。見張り、ご苦労である」
その声に対して、ドルチェットが応対します。ドルチェットが、上の方を見上げているのを見て、ボクもその視線の先を見上げると、そこに、先程の、響き渡るような声の持ち主がいました。
声の持ち主は、巨大な門に浮かび上がった、大きな顔でした。その顔は、鋭い目つきに、太い眉。牙の突き出た口に、頭から生えた、大きな角が特徴的です。一見すると、門に付けられた、飾りの一つに見えるけど、声は確かに、そこから聞こえて来ます。
「訪問の理由を述べよ……」
「異様に頑丈な人間を、ダークエルフの長、レオヘレネが捕らえたのである。信じられないかもしれないが、私の魔法を繰り出しても、傷一つ負わせる事のできない程、頑丈な人間である。魔王様に、是非見てもらいたく、連れてきたのだ」
「荷物を、確認する」
門がそう言うと、口から、小さな身体に、コウモリの羽根を持った魔族が、放たれました。一見すると、子供のように見えるけど、違う。彼らはインプ。立派な魔族であり、ずる賢い種族です。
異世界の勇者のだった時にも見た事があるけど、彼らは、本当に嫌な奴らなんです。平気で嘘はつくし、人々を苦しめる存在でした。個々の力は決して強くはないけど、数が多くて、集団でかかってこられると、ちょっとだけ厄介です。モンスタフラッシュのゲームの中でも、嫌な役として出てきて、人を人とは思わない、残虐な扱いをしていたような描写がありました。
「ぐぎゃ」
そのインプが、馬車の扉を開き、数匹中へと入ってきました。
それから、細い手足を利用し、地面を這って、隈なく探索を始めます。
「ぐ、ぎゃ?」
「ぎゃぎゃ、ぎゃ」
探索を始めた彼らは、早速何かに気づいたようです。ロガフィさんの膝の上で眠っているイリスに向かい、何度も鼻をならして匂いを嗅ぎ、話し合いを始めています。
イリスは、今はこんなでも、女神だ。そして、エルフでもある。もしかしたら、その事に気づかれてしまったのかもしれません。本人は、呑気にも眠っているけど、それどころじゃないよ。ボクは、内心はらはらとしながら、その様子を見守ります。
「ぎゃぎゃ」
「……」
その間に、ヘレネさんに近づこうとしたインプを、カーヤさんが武器を構えて威嚇しました。それに驚いたインプは、慌ててヘレネさんから離れます。
「ぎゃ?ぐ」
「……」
更にインプは、床に丸くなって寝ているぎゅーちゃんを見て、首を傾げています。
「ぎゃぎゃー」
ぎゅーちゃんについても、違和感を感じたようで、首を傾げています。ぎゅーちゃんは、正確に言えば魔物だからね。イリスと同じく、疑われても仕方がありません。ぎゅーちゃんに関しても、話し合いが始まり、何やら話しているけど、全く分かりません。
それから、ボクの方にも、別のインプがやってきました。檻の外から、ボクを眺めてきて、やらしい目つきでニヤニヤと笑ってきます。
「ぐぎゃぎゃ」
「カクカク」
「ぎゃぁ」
「カクカクカク」
インプが、見張りの骸骨に何やらお願い事をしているようだけど、骸骨は縦に首を振ろうとはしません。それに対して、しつこく何かを言うインプだけど、やっぱり骸骨が縦に首を振る事はありませんでした。
「ぎゃぎゃー!ぺっ」
業を煮やしたインプが、骸骨に向かって、唾を吐きかけました。骸骨は、無反応です。何があったのかは知らないけど、なんとなく、インプが悪いような気がします。反撃をすればいいのに、骸骨は無反応を通しています。
「荷物は、人間が一匹と、ダークエルフが九匹で間違いないな……?」
「その通りである」
「良いだろう。インプ達よ、戻ってくるが良い」
「ぐぎゃー……」
インプは、未だにイリスとぎゅーちゃんに違和感を感じているみたいで、睨みつけているけど、そう門の声が聞こえてきて、馬車の中から撤収を始めました。
直後に、馬車から出て行ったインプの中の一匹が、空から降ってきた何かによって、潰されました。何が潰したのか、その姿は見えないけど、地面がへこみ、そこにはしっかりと、手形が残っています。まるで、見えない巨人の手により、潰されたかのようです。
インプは潰れて木っ端みじんとなり、黒い血の跡が残るだけで、その面影はありません。突然の、仲間の死に、狼狽えるインプ達だけど、慌てて自分たちが出て来た、顔の口の中へと戻っていきます。
「どうしたのだ、ドゥマ」
「我が配下の者が、失礼を働いた。故に、処分をした」
「ほう?」
ドルチェットは、この馬車の中での出来事を見ていないので、分かっていないようです。でも、ボクには分かります。今潰されたインプは恐らく、見張りの骸骨に唾を吐き捨てたインプだ。
「近頃、人間の活動が活発だ。つい先日も、人間が奴隷として連れて来られたばかりである。充分に、警戒をするようにするのだ」
「忠告、受け取っておこう」
門にそう言われ、素直にドルチェットが応じると、門が、地響きをたてながら、少しずつ開き始めました。巨大で、重厚な門が、自動的に開かれるその姿は、圧巻です。




