うまっ
ボクは、イリスを膝に抱いて、イスに座ります。隣には、ユウリちゃんがいるけど、ボクはできるだけ目を向けないようにします。
「あー、イリスは可愛いなぁ。イリスは可愛くて、いざという時に頼りになって、凄くいいなぁ。最高だなぁ」
「ふ、ふん。当たり前の事を言うんじゃありませんよ。ですが、そう思うのも仕方がありません。私は、崇められるべき存在ですからね」
頭を撫でながらイリスを褒めると、イリスは嬉しそうにして、鼻を高くします。
ちょっと褒められただけで、すぐに調子にのるイリスは、とてもちょろいです。さすが、お肉に誘われて、変態についていっちゃうだけの事はあるよ。
「ユウリさんの具合は、良くなったのか?」
ボクと同じ机を囲んでいるイスに、カーヤさんも腰を降ろして、座っています。机やイスは、全て木でできているんだけど、イスは網目状になった木の、細い板の背もたれが背中にフィットするし、カーブが描かれた座面は、お尻が包まれるようで、とても座りやすいです。職人さんの、こだわりを感じさせます。
ユウリちゃんが看病されていた部屋は、棚の中の医療器具などを見る限り、怪我や病気を治療するための部屋だ。だけど、奥の部屋には台所があったり、くつろげる机や、今言った座りやすいイスなどがあって、ゆったりと過ごせる部屋です。
「はい。すっかり元気になって、お世話になったお礼にと言って、マッサージをしてもらったんですよ。凄く上手で、全身のコリが取れてしまいました」
エプロンを脱ぎ去ったティアンさんは、ボクの正面に座っています。胸を机の上に置き、リラックスをした様子で、カーヤさんに答えました。
ティアンさんの言う通り、ユウリちゃんがすっかり元気になったのは、確かです。顔色はかなり良くなっているし、言葉にも元気が戻っています。
「それはいいが、彼女はあくまで客人だ。それに、病み上がりなのだから、無理をさせないように」
「分かっていますよ。そう頭を固くしないでください。でないと、シワが増えちゃいますよ」
「……」
ティアンさんにそう警告されたカーヤさんの眉間に、シワがよりました。シワを増やした原因は、ティアンさんが余計な事を言ったからだと思います。
でも、何も悪びれる様子がないあたり、天然で言っているのかもしれません。だからなのか、カーヤさんは何も返す事もなく、ため息をついています。
「お待たせしました。ヤガの実の、果汁ジュースです。凄く冷たくて、美味しいですよ」
そこへ、台所の方からやってきたルトラさんが、木のお盆に乗せた木のコップを、ボク達の前に、それぞれ置いてくれます。
中を見ると、それは濃い乳白色の液体でした。氷が入っていて、とても冷たそうな飲み物です。
「これ、とても美味しいんですよ。私、コレを飲ませていただいて、すぐに元気になったんです!」
「へ、へぇー、ソウナンダー」
ボクは、ユウリちゃんに素っ気なく返し、ルトラさんが運んできてくれたジュースを、口に含みます。
口にいれた瞬間、口の中に酸味が広がりました。でも、後から甘さがやってきて、酸っぱいのと混ざり合い、中和されます。酸っぱいんだけど、その遅れてくる甘さにより、酸っぱくないです。むしろ、甘い?
結果、とても美味しいです。冷たくて、濃厚そうに見えてのどごしもよく、何杯でも飲めちゃいそうだ。
「うまっ」
イリスも、ボクの膝の上でぐびぐびと飲んでから、そう感想を述べました。
「たくさん飲むといい。栄養がたっぷりだから、育ちもよくなるだろう」
カーヤさんのその言葉にも、悪意はないと思うんだけど、ボクの胸がない事を言われているようで、ちょっと複雑です。でも、美味しいから飲みます。
「……うんっ。美味しいです」
隣に座るユウリちゃんも、ジュースを飲んでそう感想を述べているけど、ボクが目を向ける事はありません。
「お、美味しいね、イリス。すっごく、美味しいね」
「あーもう、鬱陶しい!ユウリに不満があるなら、ハッキリそう言いなさい!浮気するなって言えば、ユウリだって少しは我慢しますよ!なんだったら、奴隷紋に命じてさせなければいいまでです!私とユウリは貴女の奴隷なんですから、少しくらい私たちの主人らしく、しゃきっとしなさいよ!」
突然、イリスがキレました。
ボクの膝の上に乗っているイリスが見ているのは、正面に座っているティアンさんだけど、その怒りはボクへと向けられています。
言い終わると、ジュースを再び口に流しいれたイリスは、ジュースを一気飲みして飲み干しました。
「おかわり!」
「は、はい」
そして、ルトラさんにそう要求して、コップを持って行かせます。
美味しいから、気に入ったんだね。
「お姉さま……」
「っ……」
イリスがそう言って、ユウリちゃんはボクの方を見て、服を引っ張って来ました。
ボクは、そんなユウリちゃんの方を見る事無く、固まります。
ユウリちゃんが、そういう子だという事は分かっている。それはいいけど、ボクは本当に、ユウリちゃんの事が心配だったんだ。試合中もユウリちゃんの事ばかり考えていて、レンさんにも怒られたくらいだからね。それなのに、元気に浮気をしていたなんて、酷いよ。だからボクは怒っているのであって、浮気に関しては、もう諦めています。
嘘です。できれば、してほしくないです。せめて、仲間内でだけにしてもらいたいです。
「ごめんなさい、お姉さま。私にとって、一番お姉さまですよ。だから、怒らないでください。お姉さまに冷たくされると、私寂しくて泣いちゃいます」
「う、うん!ボクも、ユウリちゃんが一番だよ!だから、泣かないで!」
「お姉さま……!」
「ユウリちゃん……!」
ボクは、ユウリちゃんと手を握り合い、一瞬で仲直りをする事ができました。
「えへへ。お姉さま、ちょろカワイイです」
「えへへ」
笑ってくるユウリちゃんに、ボクも笑って返します。やっぱり、ユウリちゃんは可愛いな。なんでも、許してあげちゃう、天使の笑顔だよ。
そんな子と、ボクは相思相愛だなんて、本当に幸せ者です。
「……本当に、ユウリさんはネモさんの奴隷なのか?奴隷と言うより、コレでは本当に、ただのカップルではないか」
「ええ、そうですよ。私は、お姉さまの奴隷で、お姉さまの所有物です。ですが、私もイリスも、成り行きがあってそうなってしまっただけで、私たちはお姉さまに救われたんですよ。そこに、悪意はありません。お姉さまは、私たちを救うために、奴隷にしてくれたんです」
カップルと言われて照れるボクをよそに、ユウリちゃんが堂々と答えてくれました。
「……そうか。そういう奴隷も、いるんだな。ユウリさんとイリスさんの身を、最初は案じていたが、仲が良さそうでけっこうだ」
カーヤさんはそう言って、優しく微笑んでくれました。
奴隷と聞いて、その身を案じてくれるなんて、やっぱりいい人なんだなと思います。
「──ところで、試合の方はどうなったんですか?お話だけは聞いていますが、詳しい事が何も分からなくて……。物凄い衝撃が響いて来たりしましたが、アレはお姉さまがしたものですよね」
そうだった。ユウリちゃんには、報告しなければいけない事が、ある。その報告は、イリスに任せる事にします。




