マナー違反
ぎゅーちゃんについて歩くこと、数時間。ぎゅーちゃんのペースに合わせて歩くことに、途中で疲れ果てたボクは、ぎゅーちゃんに乗せてもらい、ようやく洞窟の外へと辿り着くことができた。
そこは、森の中。高々と生える木々は、ビルのようにそびえたち、木に空は遮られ、薄暗い。コレでは、今が昼なのか夜なのか分からない。
「ありがとう、ぎゅーちゃん。助かったよ」
「ぎゅー!」
ボクはぎゅーちゃんから降りて、辺りを見渡す。人の気配は、勿論ない。どこまでも続く、木、木、木。
所持品なしのサバイバルの始まりだ。
まぁでも、こういうのは慣れている。勇者の時、イリスティリア様に散々引っ張りまわされて、世界中を冒険したからね。
「じゃあね、ぎゅーちゃん。ありがとう」
「ぎゅぎゅー」
ボクはぎゅーちゃんに手を振り、そして、地面を蹴る。その瞬間、ボクは風になった。木を超えて、空に顔を出すと、手近な木のてっぺんに着地。どうやら、今は昼間みたい。太陽の光が眩しくて、目を細めずにはいられない。目が慣れてから、辺りを見渡す。四方は山に囲まれていて、この巨大な木の森は、その山の麓まで続いている。町はないかなーと、グルリと見ると、あった。森の向こうの、もっと向こうの草原の向こう。立派な城壁に、栄えた城下町。ボクの勇者時代の、王国のお城を思い出す。
ボクは、そちらの方向へ向かい、木を踏み台にし、ジャンプした。その先でまた、木を踏み台に、ジャンプ。それを繰り返し、あっという間に森林を抜けたボク。
そこから更に草原を駆け抜けようと思ったけど、さすがに少し疲れた。良い池が途中であったので、水分補給を済ませ、その傍の木陰に寝そべって、少し休憩。
はぁー……お日様が気持ちいい。
「おおーい……」
どこからか、声が聞こえてくる。うるさいなぁ……。
「おーい」
五月蝿いって言ってるじゃないか。ボクは半切れ状態で勢い良く起き上がり、声の主を探す。すると、草原の向こうから、馬車で妙齢のおじさんが、こちらに向かってくるじゃないか。
見ず知らずの人に話しかけるなんて、なんて非常識な人なんだ。ボクは怒りに震えながら、木の裏に隠れました。
「あんた、こんな所で何をしてるんだ」
「……」
おじさんは馬車から降りて、たぶん、ボクに話しかけている。ボクは、木から顔を半分出して、様子を伺う。
「そんなに警戒をせんでくれ。物騒な世の中だが、オレはあんたに危害を加えるつもりはないよ」
人の良さそうな笑顔を見せてくるおじさんに、ボクの警戒心は緩む。勇者時代の、親戚のおじさんにちょっと似てるかも。その人は、ボクをお父さんやお母さん以上に、可愛がってくれた。
「お父さん、男の人が急に話しかけたら、驚くに決まってるでしょ」
続いて馬車から降りてきたのは、ボクと同じ黒髪の女の子。それが、凄く可愛い。ボクと同じく、腰元まで伸びた黒髪は飾り気がないけど、毛先が少しだけカールがかっていて、それがアクセントになっている。顔はちょっと暗そうだけど、でも清楚で知的そうな、文学少女と言った所で、全然悪くない。むしろ、優しそうで凄くボク好みです。年は、どれくらいなんだろう。12歳くらい?背の高くなったボクと比べて、今のボクで言うところの胸下くらいしか、身長がない。でも、気のせいか、ボクより胸が大きい気がする。普通、あれくらいあるのかな?
「おお、そうだな、ユウリ」
おじさんはそう言って下がり、代わりにその女の子が、ボクに近づいてきた。
服は、白を基調とした、色気のない冒険服。ズボンに、長袖のシャツと、上着。サイズがちょっと合っていなくて、だぼだぼだ。よく見ると、おじさんと同じような服だ。お揃いなのかな?仲がイイ……。
「初めまして。私は、ユウリ。旅の行商人の、娘です」
「……ゆ……じゃなくて……ネモ、です……」
一瞬、勇者と言いそうになったけど、訂正。ここは、この世界の、自分の身分で名乗っておく。
「ネモさん、ね。よろしくお願いします」
「……」
近くで見ると、やっぱり可愛い。でも、容姿はまだ子供っぽいのに、どこか大人の雰囲気を漂わせている。
「ネモさんは、こんな所で何をしているの?」
「つ……疲れたので、休憩を……」
「うん?」
あああああ、近い近い近いよ、近い。あと、そんなに顔を覗き込まないで、マナー違反だよ!
ボクは耐え切れず、木の影に引っ込み、顔を隠した。
「ふふ。面白い人」
そう言って笑うユウリちゃんは、天使のような笑顔でした。
「そうかそうか!迷子になってしまったのか、ガハハ!」
なし崩し的に、ボクはおじさんの馬車に乗せられる事になってしまった。半ば強引な、ユウリちゃんの誘いのせいだ。ボクはそれを断りきれず、自分の足ならもうとっくに町についているというのに、躓いてしまった。しかも、知らない人と一緒なんて、ボク吐きそう。
「うぷっ!」
「だ、大丈夫ですか、ネモさん……!?」
辺りはすっかり日が暮れて、焚き火を囲うボク達。焚き火で料理をしているユウリさんが、吐き気を催して口を押さえるボクの背中を、優しくさすってくれた。
「きっと、疲れているのだろう。ユウリ、飲み物をあげなさい」
「はい、お父さん」
ユウリちゃんは、返事をして馬車の方へ消えていく。がちゃがちゃと何か物音がして、彼女はすぐに戻ってきた。
「はい、ネモさん」
差し出されたコップに、口を付ける。別に、疲れとかじゃなくて、貴方たち二人のせいなんだけどなぁ。ボクは、放っておいてくれても、一人で生きていけるんだから、放っておいてほしかった。おじさんは声がデカイし、ツバ飛ぶし、汚いよ。ボクは常に、おじさんとの距離は最長をキープしている。今だって、焚き火を挟んで向かいの、一番遠い場所にいるんだからね。それでも近いけど。
「……ごめんなさい」
「?」
コップの水を飲み干したボクに、ユウリちゃんは何故か、謝罪をしてきた。
特に、謝罪される事はないような気がするんだけど、一応考えてみる。ごめんなさい……ごめんなさい……あ、強引にボクを誘った事に対する謝罪か。
「い……いえ、そんな……ユウリちゃんが謝るような事では、ない……です」
そうだよ。ユウリちゃんは、親切で、ボクを誘ってくれたんだ。そんな、ユウリちゃんの気持ちを、無下にするような事を思っていては、ダメだ。
今夜は心の中で、ユウリちゃんに申し訳なさそうな顔をさせた反省会を開こう。
「ユウリ。飲ませたな?」
「はい……」
ユウリちゃんの返事を聞いて、おじさんは、歯を剥き出しにして、気持ちの悪い顔で笑う。
その目は、いやらしい目で、ボクを捉えていた。