イリスの作戦
ボクは、イリスと共に、闘技場に降り立ちました。既にそこにいたぎゅーちゃんと合流すると、ぎゅーちゃんにはレンさん達の下にいるように指示を出し、その場にはボクとイリスだけになります。
ボク達の戦いを見ていた観客たちは、事情を掴めていないようで、呆然としている。ただ、何かあまり、良い事態になっている訳ではない事を察しているようで、どよめいています。
「ヘレネ!私たちは、貴女の言う事を、受け入れる事はない!諦めて、私たちの仲間である、ユウリを返しなさい!」
「それは、できないわ。もし、どうしても行くというのなら、それなりの代償は、覚悟してもらう事になります」
ヘレネさんがそう言うと、ボク達に向かって掌を向けて来ました。
魔力を……それも、とても強力な魔力を感じたかと思うと、周囲の気温が、急激に下がっていきます。あまりの寒さに、イリスは自分の身体を抱いて、震えだします。かと思えば、闘技場の地面が、凍り付き始めました。
ボクは、イリスを抱き寄せてその氷から守ってあげるけど、さすがに寒いのまで庇ってあげる事は、できません。
「や、やはり……かか、簡単にははは、いきませんか」
イリスは震えて、まともにしゃべる事も出来ません。無理もないね。闘技場の中は、たぶん氷点下以下にまで、気温を下げられている。魔法の冷気によって作り出された物だから、ボクにはあまりきかないけど、イリスはそうはいかない。
「……それじゃあ、作戦通り、やるね」
「はは、はやく、しなさい……私の身体が持ちませんよ……」
ボクに抱き着いて、少しでも暖を取ろうとするイリスは、必死だ。
本当に、はやくしてあげないと、イリスが可愛そうだね。ボクは、アイテムストレージから、勇者の剣を取り出すと、それをヘレネさんに向かって構えました。
ボクの行動に、ヘレネさんの傍にいたダークエルフの女性たちがヘレネさんを庇い、審判を務めていたダークエルフの女性が、ボクに向かって攻撃態勢をとりました。
攻撃態勢をとった審判の女性が手にした武器は、弓です。ボクに向かい、弦を引いて狙いを定めています。それが、4人いる。
「抵抗は、やめた方がいいわ。おとなしくしないと、怪我ではすまない」
「……」
ボクは、ヘレネさんの言う事を無視して、剣を一振りしました。
瞬間に、強い風が巻き起こります。ボクの剣が起こした風は、衝撃波となって、建物を吹き飛ばす勢いで、広がっていきました。同時に、周囲を包み込んでいたヘレネさんが放った冷気も、飛び散っていきます。氷も吹き飛んで、周囲の気温は、またあっという間に高くなりました。
ボクが、ただ剣を振りぬいただけの一撃に、ヘレネさんは驚愕しています。
「このっ……」
更に、もう一振りしようかと思った時でした。弓を構えていた審判の女性から、ボクに向かって矢が放たれました。
「──待ちなさい!」
ヘレネさんが、それに気づいて声をあげたけど、もう遅いです。その声と同時に、矢は既に放たれていました。
放たれた矢は、魔法の矢だ。放たれた瞬間に、緑色の光に包まれると、大きな矢の形となって、ボクに襲い掛かってきます。
ボクはそれを、右手の人差し指一本で、受け止めました。ボクの指に押し負けたその矢は、霧散して姿を消します。
直後にボクは、もう一振り、今度はヘレネさんに向かって放ちました。
「っ……」
その衝撃を受け止めようと、ヘレネさんが魔法を発動させます。氷の冷気が、ボクの放った衝撃波とぶつかるけど、まるで相手になりませんでした。衝撃波は、ヘレネさんの建物を襲い、屋根を吹き飛ばしました。
「族長様!」
側近の人たちが、必死にヘレネさんを庇うけど、ヘレネさんは衝撃波にあえなくのまれると、顔を隠していたマスクが、風に飛ばされて行きました。
その顔を露にしたヘレネさんの容姿は、他のダークエルフと同じく、白髪に、浅黒い肌をしています。その顔立ちは、他のダークエルフ達と比べて幼く見え、幼女のぎゅーちゃんのように切りそろえた前髪と、後頭部で結んで簪で止められた髪が、可愛らしいです。結び方は、カーヤさんと同じ感じかな。ただ、ヘレネさんの方が長いので、その分髪が有り余っている感じです。
もう一つ、特徴的なのが、その光り輝く右目です。青い光を帯びたその瞳は、キレイでありながら、ちょっとだけ不気味だ。
その目を見た瞬間、その目が、この周辺の気温を下げているのだと、理解しました。何かの魔法を発動させ続けているその目のおかげで、この異常な暑さの中、ダークエルフ達は生きて行けている。
「──コレは、何の騒ぎだ!」
騒ぎを聞きつけて、闘技場に駆け込んできたのは、カーヤさんです。治療を施されて、あちこちに包帯を巻かれている状態で、姿を現わしました。
手負いのカーヤさんは、闘技場に降り立っているボクを、凄い形相で睨みつけてきて、ボクは思わずイリスを盾にして、隠れます。
「あの女が、約束を守らないと言うので、守らせようとしているまでです!約束を守らないだけならまだしも、こちらの大切な仲間であるユウリを人質に取られ、私たちは非常に強い、怒りを感じています」
「っ……!族長様!今の話は……本当ですか!?」
「……私はただ、貴女達の命を、無駄に失わせないようにしているだけよ!どうして、分かってくれないの!?貴女達では、魔王様に勝つ事はできない!貴女達の力は、魔王様に遠く及ばない所にあるの!唯一の頼みはロガフィ様だけど、ロガフィ様は前と同じで、優しく甘さを捨てきれていない!そんな半端な覚悟で、前よりも強くなっているザルフィ様に挑むだなんて、無謀にも程があるのよ!」
ヘレネさんの周囲が、自分を守ってくれている側近を巻き込んで、凍り付いていきます。ヘレネさんが感情を昂らせた事により、その目の力が、暴走しているようだ。それでも、側近の彼女たちは、ヘレネさんから離れようとはしない。とても冷たく、痛いと思うのに、ヘレネさんを守る任務を果たすために、その場に留まり続けています。
「──バカですねぇ。こちらの頼みがロガフィだなんて、そんな勘違いをしているから、そんな戯言を言えるんですよ。ネモ」
「う、うん。本当に、やるの?」
「やらなければ、あの頭の固いバカは、ずっと私たちを認めてくれませんよ」
「……」
ボクは、一応最後に念を押してから、やるしかないかと、踏ん切りをつけました。
イリスの作戦は、こうだ。ヘレネさんは、ボク達に、魔王を倒すほどの力がないと思っているから、約束を反故にしようとしている。ここまでで、結構力を示したつもりではあるけど、まだ分かってくれないみたいだから、とっておきの技を見せる事にします。




