Gランクマスター
翌朝、目が覚めたボクは、隣で眠っているイリスを腕に抱えて、1階のリビングへと降りる。
そこには、エプロン姿のユウリちゃんがいて、ご飯の支度をしていた。今日は、裸エプロンじゃないようで、安心しました。
「おはようございます、お姉さま。ご飯、できていますよ」
「おはよう、ユウリちゃん」
「むにゅ……」
ボクは、イリスをイスに座らせて、自分もイスに座る。イリスは、起きているのか、起きていないのか分からない。一応目は開いているみたいだけど、どこを見ているのか分からないし、首はカクカクと、壊れたオモチャのように動いている。相変わらず朝が弱くて、お触りし放題。この無防備さは、少し心配になってしまう。特に、同居者のユウリちゃんは、変態だ。ボクが起きている間はいいけど、眠っている間に何かされても、止めてあげられないからね。
「今日は、どうしますか?」
ご飯を食べながら、ユウリちゃんが聞いてくる。
ユウリちゃんも、ご飯の支度が終わったので、一緒にご飯を食べている。3人揃ってのご飯は、やっぱり格別です。
「今日もギルドかな。あと5つクエストをこなせば、Fランクになれるらしいし、頑張らないと」
「そうですね。でも、無理だけは、禁物です。肩の力を抜いて、頑張りましょう」
と言う訳で、キャロットファミリーに訪れた。今日も、ギルドは大勢の人で賑わっていて、ボクの精神を削ってきます。
「おはようございます、イオさん」
ユウリちゃんが、ギルドの受付カウンターで、書類の整理をしていたイオさんに、挨拶。
「あ、おはようございます、ユウリさん。ネモさん。イリスちゃんも」
「お、おはようございます……」
「ふあ……」
イリスは、あくびをしながら、手をパタパタと振って、それで挨拶としたみたい。ちょっと失礼な態度に、ユウリちゃんがイリスの頭を叩いて、頭を下げさせた。
「お、おはようございます」
「おはようございます……」
改めて、イリスもイオさんにご挨拶。イオさんは、困ったように笑い、その挨拶を受け入れた。
「今日も、クエストを受けに来ました。できれば、早くFランクに昇格できるよう、報酬が安くても、簡単に終わるクエストが良いんですが、何かお勧めのクエストはありますか?」
「そうですねー……うーん……今あるのは、1日掛かってしまうクエストばかりで、ご要望に応えられるクエストはないみたいです」
「そうですか……」
肩を下ろすユウリちゃんだけど、ないなら、しょうがない。地道に、1つでもクエストを終わらせておいて、次に繋げよう。
えーと、何か、人と話さなくても良くて、報酬が高いクエストは……と。
ボクは、壁際のGランククエストの紙が貼られた掲示板に目を向けて、それに見合うクエストを探してみる。
「緊急クエストです!Dランク以上の冒険者は、是非参加してください!」
そこへ、大きな声を出した女性スタッフさんが、掲示板に紙を貼り出しにやってきた。その声を聞きつけて、辺りは大勢の人が集まり、あっという間に人だかりが出来て、ちょっとした騒ぎとなる。おかげで、人だかりのせいで張り紙が見えなくなってしまった。
「緊急クエスト、ですか?」
「はい。文字通り、急を要するクエストで、いつ、どんなクエストが貼り出されるかは分かりません。ただ、かなり高額の報酬が出るので、それだけを狙っている人も少なくないんですよ。今回は……」
「イオ!コレ、緊急クエストの資料!」
そこへ、別のスタッフさんが、イオさんの元に紙を届けに来た。その人は嵐のごとく去っていき、他のスタッフさんにも、同じように紙を配って回っている。
「禁断の森へ出かけたきり帰って来ない、ヘンケル様のご長女の探索……報酬は、参加料1日10万G。発見者には、100万Gとなっています。参加するだけで10万Gとはかなりの好条件ですね。ただ、禁断の森は、高レベルモンスターが出没する、かなりの危険地帯。なので、Dランク制限が課せられているようです」
「禁断の森とは、どんな場所なんですか?」
「背の高い木々に覆われた、昼間でも薄暗い、不気味な場所です。まだまだ未開の地で、そこには正体不明のモンスターが多く住んでおり、豊富な物資に恵まれている分、危険な場所です」
背の高い木に覆われて、昼間でも薄暗い森……あそこだ。ボクが、ぎゅーちゃんに案内されて洞窟から抜けた先の、薄暗い森。木の上を飛んで駆け抜けたので、危険な風には感じなかったけど、そんな場所だったんだ。
「どうして、そんな場所に……」
「ヘンケル様のご長女は、魔法専門学校の生徒です。実験に必要な、何かしらの、アイテムを得るためにいった可能性が高いです。また、高ランクの冒険者が複数護衛についているようですが、彼らも行方不明のようです」
「そんなの、どうでもいいですよ。どうせ、受けられないのでしょう?Gランクの私達には」
イリスが眠たそうに、そう言った。言われて見ればその通りで、だけど人だかりのせいで、掲示板を見る事ができない。ボク達にとっては、いい迷惑だ。
「すみません。すぐに、はけると思うので、少しだけお待ちください」
だけど、そんな人だかりの中を、素早い動きで人々の間をかいくぐり、そして抜け出してきた人物がいた。その人は、レスラーのような仮面を被った、男の人。筋肉質な身体に、張り付くような黒のピチピチのTシャツを着ていて、額にはGの文字が刺繍されている。背は、凄く大きい。2メートルはあるかな。腰には、小さく見える剣を差しているけど、実は普通サイズ。その人が大きすぎて、剣が小さく見えるだけだ。
「このGランククエスト、全て受けよう!」
凄く、大きな声で、そう言った。
そして、ボク達の横に、これみよがしに束になったGランククエストの貼紙を置いて、ニカっと笑いかけてくる。
「貴方は……Gランクマスター!」
イオさんにそう呼ばれ、Gランクマスターは親指たてて、また笑った。
「だ、誰ですか?」
ユウリちゃんは、若干引き気味。ボクにぴったりと寄り添って、その顔はひきつっている。でも、ボクも同じだ。こんな所で、こんな格好の男の人と遭遇して、凄く引いています。
「はぁ……気持ちわるっ」
イリスは、言っちゃいけないことを、サラっと言い放った。でも、小さな声だったので、Gランクマスターには聞こえなかったみたい。
それにしても何か、この人どこかで見たことがあるような。声の大きさといい、背の大きさといい、誰かに似ている気がする。
「か、彼は、多くのGランククエストを、一度に受けて、全てを一日でこなしてしまう、伝説の男です。決してGランク以外のクエストは受けない、あらゆるGランククエストに精通した、Gランクのスペシャリストです。人々はいつしか彼を、Gランクマスターと呼ぶようになっていました」
「うむ!説明ありがとう!手続きを頼むよ、受付さん!時間が惜しいのでね!」
「ひぃ」
「は、はい。今すぐ、済ませます……」
この人、とにかく声が大きい。ボクは思わず、耳を塞いで俯いた。
それから、イオさんが手続きを済ましてクエストを受注すると、Gランクマスターはあっという間に走り去っていった。移動の基本が走りで、図体のわりに素早いです。
それから緊急クエストにたかる人々がはけて行き、ようやく掲示板を見れるようになると、残っていたのは、わずかなGランククエストの貼紙だけ。元々Gランクの貼紙は少ないので、あんな事をされたら、良いクエストは残らない。
「いっぺんにクエストを受けるのも、アリなんですか?」
「低ランクのクエストは、信頼に足る人物に限り、許可されています。なので……すみません。お昼頃にはまた、新しいクエストが入りますけど、まだ配達クエスト等ありますので、そちらを受けてみてはいかがでしょうか」
イオさんにそうお勧めされるけど、また配達かぁ。昨日の今日で、ユウリちゃんも疲れているだろうし、あまり長距離歩くようなクエストは、避けたい所だ。しかも、報酬が異様に安い。100Gって……これじゃあ、Gランクマスターが受けない訳だよ。
「私、今日も歩くなんてイヤですよ」
まるで、昨日も歩いたみたいに言うイリスだけど、ほとんど歩いてないからね。そして例え、今日配達クエストを受けたとしても、今日も歩かないだろうと確信できる。
ボクは、そんなイリスの頭に、軽くチョップした。
「今日は、配達はなし。もっと簡単なクエストが、お昼ごろにあったら受けよう」
「何か、問題か?」
ボクがそう決定した時だった。話しかけてきたのは、このキャロットファミリーの、ギルドマスター。メイヤさんだ。
鎧姿に、その堂々とした凛とした佇まいが、戦う女という感じで凄くカッコイイ。
「げ」
その姿を見て、イリスはあからさまに嫌そうな顔をして、ボクの背後に隠れる。
イリスは、メイヤさんにとって、全財産を投げ出してでも手に入れたい、可愛い女の子。一方イリスから見れば、メイヤさんは変質者。変質者から隠れるのは、当然といえば当然だ。
「今日も、可愛いなイリス」
避けられているというのに、メイヤさんはそんな事、お構いなし。凛とした顔立ちを崩し、鼻の下を伸ばしてそう言った。




