闘技場
そんな訳で、ボク達は戦う事になりました。
場所は変わり、集落の闘技場となります。そこだけは、木々が生えていなくて、しっかりと手入れされているのか、草一本も生えていません。石ころも、落ちてないです。そこを囲うように、円状に高い柵が張り巡らされていて、格子状に張り巡らされたその柵は、外から中が見えるようになっています。
ボク達が戦う事を聞きつけた村人が、柵の外には大勢集まっています。柵に張り付き、ボク達の勝負の行方を、見届けようとしているんです。
「先鋒は、中へ!」
柵の中を、上から見下ろすように建てられた建物が、4つあります。その内の一つには、3名のダークエルフがイスに座っていて、審判役を務めています。その審判役の女性が、周囲のざわめきを打ち消すような、大きな声でそう言いました。
その審判がいる建物と対面して、そこには屋根付きの建物がある。そこに座って中を伺っているのは、ヘレネさんだ。ヘレネさんも、試合の行方を見届けるため、そこにいます。
「あたいが先鋒だよ!」
残る2つの建物には、それぞれ柵の中へと入るための入り口があり、そこからだけ、闘技場の中へと入れるようになっています。その建物からも中を見下ろせるようになっていて、それぞれの陣営の控え選手も、戦いの様子を見守れるようになっている。
階段で登ってここへ来たんだけど、その階段は取り外しができて、ボク達があがると外されてしまいました。ここに来た者は、後に戻る事はできない。そんな意思を感じさせます。
「相手の先鋒は、大斧使いですね」
出て来た相手を見て、レンさんが呟きました。
他のダークエルフと比べて、腕が太く、腹筋が大きく割れた、筋肉質な女性です。そんな女性が、大きな斧を片手で振り回しながら、相手陣営の出入り口から姿を現わしました。
彼女が通ると、その出入口は閉じられて、逃げ道はなくなります。
「あの大きな斧を片手で軽々と振り回す所を見ると、相当な筋力の持ち主だ」
「ネモ様。先鋒は、どうしますか?私が行っても、いいですよ」
ボクの隣に座っているレンさんが、ボクの腕にくっつきながら、そう尋ねて来ました。胸を押し付けきて、ボクに幸せな感触を与えてくれます。
氷の魔法を使っていると言うヘレネさんが、この闘技場にいるおかげで、辺りは気温が低めに抑えられています。そのおかげで、くっついていても、全く苦になりません。ちょっと暑いけど、全然我慢できるレベルにとどまっています。
「え、えと……」
そんな、レンさんの柔らかい胸に、思考を持っていかれかけたけど、ボクは我に返って考えます。
相手が力なら、それと相性がいいのは、ゲーム的に言えば素早さだ。素早さで言うなら、ディゼが得意なジャンルです。
「私が、行く」
しかし、そんなボクの考えを無視するかのように、ロガフィさんがそう言い放ちました。確かに、ロガフィさんなら余裕で勝てるだろうけど、でもいきなりロガフィさんを出すとか、良いのかな。
別に、いっか。どうせ勝ち抜き戦なんだし、一人が勝ち続ければ、それで良い。だから、ここはロガフィさんに行ってもらって、全部勝ってもらっちゃおう。
「じゃ、じゃあ、よろしくね、ロガフィさん。頑張って!」
「頑張る」
ボクに頷いて答えると、ロガフィさんは観客席から、飛び降りて闘技場に降り立ちました。別に、律義に下に降りて出入り口から出る必要はないけど、良い子は真似しないでね。普通なら、足の骨が折れちゃうくらいの高さはあるので。
柵の向こうの観客は、いきなりのロガフィさんの登場に、盛り上がります。
「良いんですか?行かせて」
ロガフィさんが行ってから、イリスがボクの隣に座り、そんな事を言ってきました。
「ロガフィさんなら、負ける事はない」
ボクの言いたい事を、ディゼが言ってくれました。
そのディゼは、立ったまま座ろうとはせず、耳と尻尾をピンと立てて、緊張感を見せています。カーヤさんとの対峙が、ディゼを刺激したようで、先程のアレ以来、ずっとこんな感じです。
凛々しくて、カッコ良いとは思うけど、もうちょっと力を抜いて欲しいな。
「相手は、ロガフィの弱点を知っている。果たしてそれで、ロガフィが勝てると思いますか?正直に言って、ヘレネの言う事は正しい。ロガフィは、弱点があまりにも大きすぎる。私は、ロガフィに行かせるべきではないと思います」
そんな事を今更言われても、遅い。どうして、この子は今更になって、そんな事を言ってくるんだろう。言うなら、もっと早く言うべきです。
ボクは、あまりにも遅い助言をしてきたイリスの頬を、片手で軽く摘まみました。
「……でも、ロガフィさんはきっと勝ってくれます。ヘレネさんの言う事も、あるかもしれませんが、ロガフィさんはそこまで弱い子ではありません。だって、耐える事も、立派な強さなんですから。とても辛い経験をして、耐え忍んだうえで、お兄さんに立ち向かおうと決意をしたロガフィさんを、誰が弱いと言えますか?」
「う、うん。ロガフィさんは、弱くなんかない。ジェノスさんを助けるために立ち上がって、ここまで来たんだ。セレンと戦った時も、その力を発揮して、ボクを守ろうとしてくれた。だから、きっと大丈夫」
「その時のロガフィは、正気でしたか?」
イリスは、頬を摘まんでいたボクの手を振り払ってから、真剣な目でボクを見据え、聞いてきました。
あの時、力を発揮したロガフィさんは、確かに正気ではなかった。目を赤く輝かせ、怒りの感情に任せてセレンを殺そうとしていた。
正気かどうかと聞かれれば、正気ではなかった。感情を、力に支配されたロガフィさんは、いつもの優しいロガフィさんではなく、魔王と呼ばれるに相応しい姿だったと思う。
「……」
ボクは、黙りました。
「……ロガフィは、常に自分の力と戦っているんですよ。力に自分を支配されないよう、耐え続けているんです。だから、戦わない。戦いを避ける事により、己の中に渦巻く破壊の衝動を、押さえつけて来た。ロガフィが、力を発揮するのを極度に怖がっていたのは、そういう事です。話にきくような出来事があっても尚、ロガフィは自らが力に呑まれるのを拒んだ。彼女の優しさが故に、招いた悲劇とも言えます。さっさと力を解放し、逆らう者を皆殺しにすればよかったのに……身内を殺すのが、怖かったんでしょうね。力の支配に関しては、恐らく魔王としての血筋が関係しているんだと思います。ただ優しいだけの魔王なんて、いる訳がないじゃないですか。どんなに優しくとも、どんなに無害に見えても、あの子は間違いなく、立派な魔王ですよ」
……もし、ここでロガフィさんが、力を暴走させてしまったら、どうなるんだろう。あの時の力を発揮されたら、たぶん、誰もロガフィさんに勝つ事はできない。それどころか、容赦のない攻撃により、殺されてしまうかもしれない。
ボクは、血にまみれた闘技場を想像し、ゾッとしました。




