仕返し
拝啓、ユウリちゃん。レンさん。イリス。ロガフィさん。ディゼさん。アンリちゃん。ぎゅーちゃん。ついでに、Gランクマスター。元気にしていますか?ボクは、元気です。突然ですが、ボクは今、空を飛んでいます。勇者の剣を手にしたボクは、夜空を勢いよく飛んでいる所です。
送り返すと言って、ニヤリと笑ったメギドさんは、銀色の竜の腕で、ボクに殴り掛かってきました。言われた通り、剣を構えて受け止めて、ただされるがままに、飛ばされて行きます。
「……」
この、荷物のような扱いは、さすがにどうなんだろう。ううん。荷物どころじゃない。荷物でも、もうちょっと丁寧に運ばれると思います。今のボクは、荷物以下です。その事に、2回目になってようやく気付きました。
そんな事を考えていると、あっという間に皆が待つ川辺が見えて来ました。段々と、ボク達の馬車や、焚火が見えてきて、ボクは真っすぐそこへ向かって突っ込んでいきます。
そこで気づいたけど、ボクはこのままだと、クナイさんとぶつかります。気づいたところで、どうする事もできないけど、気づきました。
「──だから、私はお姉さまを愛しているんです。分かりましたか?」
「わ、分かったよ。君の想いは、充分すぎるくらい、伝わった。だから、もう勘弁して──ほぐぅ!?」
ボクは、ユウリちゃんと談笑していたクナイさんのお腹に、頭から突っ込みました。クナイさんは、突如として突っ込んできたボクと一緒に、その場から飛ばされる事になりました。
竜のメギドさんとぶつかった時と違い、今のクナイさんは、人の姿です。だから、質量が違くて、勢いよく突っ込んできたボクを止める事ができず、地面を削り、道を遮る木々をなぎ倒しながら、しばらくしてようやく止まる事になりました。
結局、皆の下から、少し離れちゃったな。落下点は、ぴったしだったけどね。
「なんて石頭なんだ、貴女は……」
クナイさんを下敷きにして滑ったので、クナイさんはボクの下にいます。おかげで、ボクは服が破けずに済みました。代わりに、クナイさんの服は土にまみれ、汚れたり、破けたりしています。
苦し気な表情を浮かべながらも、クナイさんは平気そうです。ぶつかった時、変な声を上げたから心配だったけど、さすがは竜です。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。どうせ、メギドが仕返しという事で、私にぶつけるように仕向けたんだろう。わざとじゃないのに、心の狭いヤツだよ。そう思わないかい?」
「え、えと……」
それには、同意しかねます。ボクは、メギドさんが悪い人には感じなかったし、心の狭い人とも思いません。
「まぁ、いいよ。とりあえず、退いてもらえるかな。こうして押し倒されているような状態が続くと、いくら同性とはいえ、さすがに恥ずかしいよ」
「ご、ごめんなさい!」
地面を滑り、馬車から大分離れたボクとクナイさんが、離れる事無くすんだのは、クナイさんがボクを庇ってくれたからです。ぶつかった時に、さりげなくボクの背中に手を回し、自らが下側になるようにして、地面を滑ってきました。おかげで、ボクは服を汚さずにすみ、怪我もありません。
ただ、今の体勢は、ボクとしてもどうかと思います。クナイさんの顔のすぐ横に手を置き、身体を浮かせてはいるけど、足が絡まっています。見方によっては、まるで、クナイさんを襲っているかのような体勢です。
慌ててクナイさんの上から立ち退くと、ボクはクナイさんに向けて、手を伸ばしました。
「ありがとう」
クナイさんが、その手を掴み、ボクはクナイさんの身体を引き上げます。
立ち上がったクナイさんのドレスは、やっぱりボロボロで、穴だらけです。背中は大胆に開き、お尻も見えてしまいそうなほどになっています。
「ああ、心配ないよ。この服は、私の魔力からなっている物だからね。破けてしまったのは、油断していたからだ。また、破けたのなら、この通り。すぐに、修復できる」
クナイさんの背中を見て狼狽するボクに気づき、クナイさんはそう言うと、魔力を放出しました。
その魔力は、とてもキレイな魔力でした。魔力がキレイとか感じたのは、初めてです。
赤く、遠慮がちな光が服を包み込むと、あっという間に元の状態になりました。破けた部分はなくなり、キレイで、新品のドレスに早変わりです。
「ふん。どうかな」
その場で一回転し、スカートを摘まんで少しだけたくし上げながら、クナイさんがボクに尋ねて来ました。
「き、キレイです」
「服が、直ったかどうかを聞いたつもりだったのだが。ふん。嬉しいよ」
「な、直ってます……」
また、勘違いをしていました。
恥ずかしい事を言ってしまったけど、クナイさんがキレイなのは事実なので、恥ずかしがる必要はありません。と、開き直っておきます。
「それで、メギドとアスラ様と会って、貴女は何を話したのだ?」
「……アスラと、賭けをする事になりました。ボクが、アスラが力を授けた魔王を倒す事ができたら、アスラはもうこの世界には関わらないと、約束しました」
「貴女が負けたら?」
「ボクが、アスラの物になっちゃうみたいです」
「それじゃあ、負けられないね。でも、魔王は魔王で、アスラ様に力を授けられた事により、かなり強大な力を得ている。もしかしたら、この世界の理を壊す存在になり得るかもしれない。それは、貴女と同じだね。でも私は、魔王と貴女なら、貴女を選ぶ。貴女に、勝ってほしいと思う」
クナイさんは、そう言うとボクの肩に手を乗せて来ました。竜であるクナイさんにそう思ってもらえるなんて、それだけで、とても力強いです。元々負けるつもりはないけど、更に負ける気がしなくなりました。
「──お姉さまー!」
ユウリちゃんの声が、しました。元居た場所から、離れた所に来てしまったボクとクナイさんを、追いかけて来たみたいです。
「そ、それじゃあ私は、もう行くよ。本当はもっとゆっくりと話したい所だったんだが、忙しくてね。じゃあ、頑張ってくれ。応援しているよ」
「は、はい……」
聞こえてきたユウリちゃんの声に、何故か慌てだしたクナイさんは、そう言うと駆けだして、どこかへ行ってしまいました。あっという間にその姿は見えなくなり、気配もなくなります。
「お姉さま!」
クナイさんの姿が見えなくなると、ボクを発見したユウリちゃんが、嬉しそうにボクに抱き着いてきました。ボクも、そんなユウリちゃんを抱き返して応えます。
「ただいま、ユウリちゃん」
「おかえりなさい。メギドさん?との話し合いは、どうでしたか?一人で、大丈夫でしたか?それから、クナイさんは……」
「う、うん。大丈夫だったよ。クナイさんは、忙しいって言ってどこかに行っちゃって、話の内容は……明日、皆と一緒に話すね。ふあ」
色々あって、眠気を感じ始めたボクは、あくびをしながら言いました。もう、夜も良い時間になっている。少しでも眠って、次の日に備えないといけません。目をこすりながら、そう思いました。




