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来訪者


 さて。皆が寝て、ボクは一人になってしまいました。

 こうして、一人夜空の下、焚火に当たっていると、どうしても昔を思い出してしまいます。昔、勇者として、たった一人で旅に出たあの頃は、旅がこんなに楽しい物だとは思わなかった。いつも一人で、雷に怯え、人と出会う度に、隠れる……そんな旅が、楽しいわけないよね。

 それが今は、楽しい。皆と一緒にいて、息を吐く間もなく色々な事があり、怖くもない。誰かと一緒にいる事で、ここまで見方が変わるという事を、ボクは身をもって教えてもらいました。


 思えば、この世界に来てよかったな。


 ゲームや漫画にアニメの続きは気になるけど……引きこもっていた時より、ボクは充実した時間を過ごしていると、ハッキリ言える。……でも、たまに少しだけ、あの時に戻ってゲームや漫画にアニメの続きをしたいと思う事もあるけど……でも、今の方が良いです。

 そう思うと、この世界に飛ばしてくれたアスラには、ちょっとだけ感謝したいという気持ちも生まれます。イリスも一緒に飛ばしてくれて、更に感謝です。オマケに、異世界転生物の主人公みたいに、アイテムストレージや、マップにステータス表示機能までつけてくれて、いたれりつくせりだ。

 これじゃあまるで、ボクとイリスに、この世界で楽しく暮らせと言っているようなものだからね。一体アスラは、何がしたいんだろう。


「──こんばんは」


 その声は、音も気配もなく、ただ聞こえて来た。

 その声の持ち主は、闇夜から現れました。やっぱり音も気配もなく、姿だけがそこにあります。

 あまりの気配のなさに、ボクは一瞬、彼女が幽霊かと思いました。でも、足はちゃんとあり、身体もすけていません。


「驚かせたかな。貴女と二人きりで話がしたくて、気配をできるだけ消して近づかせてもらったのだ」


 その女性は、目を見張るような美人さんでした。長く、流れる、絹のような黒髪が、月明りに照らされて怪しく光っています。髪に装飾は一切なく、彼女が少し動くたびにさらさらと流れて、その美しさをボクに向かって訴えかけて来ます。思わず見とれてしまうような髪だけど、見とれてしまうのはそれだけではありません。柔らかな目と、小さな鼻と口。顔も、凄く美しいです。ただ、左頬に何かがついています。それは、白い鱗のような物です。それと肌以外は、全てが黒です。彼女が着ている気品溢れるドレスも、腕を覆い隠すレースの手袋も、足音をたてるブーツも、全てが真っ黒です。


「……どうしたね?」

「あ……え、えと……凄く、キレイですね」

「……」


 そう言うと、彼女は目を丸くしてしまいました。

 とりあえず思った事を口にしてみたボクだけど、今思えば初対面の人にこんな事を口走るとか、おかしすぎる。


「ご、ごめんなさい……突然失礼な事を言って……!」

「いや、ありがとう。君も、キレイだよ。私から見れば、私以上に、だ」


 彼女は、お返しと言わんばかりに、ボクに向かってそう言ってくれました。気品が溢れ、ボク以上に美人さんな彼女に容姿を褒められると、なんだか恥ずかしくなってしまいます。


「そこ、座っても良いかな?」


 彼女が指さしたのは、焚火の近くの木箱です。先ほど、ユウリちゃんが座っていた木箱だね。


「ど、どうぞ」

「では、失礼して……よっこいしょ」

「……」


 気品溢れる、歩き方。気品溢れる、座り方。なのに、座るときの掛け声は年を感じさせて、シュールでした。


「ふんふん。見た限りは、美しき乙女……。とてもではないが、ディレアトを倒した者には見えないな」

「し、知っているんですか……?」

「ああ、知っている」


 当然のように言う女の人だけど、その事を知っている人は、数少ない。ボクが竜を倒した事を知っていて、更には竜の名前を知っているなんて、あり得ない事です。

 警戒するあまり、ボクは自然と、彼女のステータス画面を開いていました。


 名前:ドラゴン

 Lv :???


 ボクはそれを見て、凍り付きました。かつて、これだけの情報しかなかったステータス画面を見せて来たのは、一人だけです。その人も、名前がドラゴンとだけ表示され、本当の名前である、ディレアトと表示されていませんでした。


「──どうやら、気づいたみたいだね。そう。私は、君が倒したディレアトと同じ、竜だよ」


 風で髪を流しながら、彼女は告白しました。その瞳が、赤く怪しく光っています。

 自らも、自分が竜だという事を明かした彼女に、ボクは驚きました。心の底からです。


「……こんばんは」

「ふん?」


 ボクは、驚きのあまり、最初にこんばんはと言われて返事をしていない事を思い出し、今更になって、返事を返しました。

 驚いたのは、事実だ。でも、パニックになるような事ではない。だって、彼女からは全く敵意を感じないから。

 それに、凄く優しそうな顔をしている。こんな人が、今ここでボクと戦おうだなんて、言い出すはずがありません。そのつもりだったら、最初に姿を現す事なく、奇襲すればいい話だしね。


「私が竜だと知って、かつてここまで驚かれなかった事はない。さすがは、勇者と言った所だね」


 ボクを勇者と呼び、彼女は優しく微笑みました。


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