もう食べられません
「この光景、ラスタナのクソ女神に見せてあげたいです。貴女の信徒が、このような事を言っている、と。そしたらどうなる事でしょう。あの澄ました顔が、怒りと悔しさに染まると思うと、私わくわくしてきます」
イリスは、こんな状況だと言うのに、楽しそう。
「まるで、ラスタナ様を知っているかのような口ぶりですな。よもや、ラスタナ様と会った事があるとでも?」
「ええ、よく知る仲です」
「くはっ。バカめ!女神など、存在するものかっ!妄想癖のクソガキが、現実を見れるように教育してさしあげましょう!」
神父さんの、汚い手が、イリスに迫る。
ボクは、その手に拳を落とし、イリスに触れる前に撃退してあげた。大きな音と、先程の机を叩いた神父さんよりも、遥かに強い衝撃が生まれる。その音の発生源にある、神父さんの手は、机と挟まれておかしな形になってしまった。
「あ……ぎゃあああああぁぁああぁぁあぁぁ!」
ややあって、叫ぶ神父さん。
「どうかしましたか!?」
その声を聞きつけて、続々と別の神父さんや、シスターさんが集まってきて、現場は騒然。ボク達に、事情を知らない彼らの非難の目が向けられる。
これはちょっと、まずい事になってきたんじゃないか。ボクは、フードを深く被り直し、イリスとユウリちゃんを庇うように、部屋の隅に寄った。
「ジェウス様に、何をしたのだ!神に仕える我らに対する暴力行為、見過ごす訳にはいかぬぞ!」
「その方が、私達に対する脅迫をしてきた上、この身を汚そうとしてきたので、自衛のためにやむなく反撃をしただけです!私、あと少しでこの身を……怖かった……!」
ユウリちゃんが、涙目になって、必死に叫ぶ。そして、ボクに抱きついてきて、顔をすりすり。
ちょっと演技じみているけど、女の子の涙とその必死な叫びは、効果覿面だ。ボク達に非難の目を向けていた人たちに、戸惑いが生まれる。
「騙されるな!この者達は、ヘンケル殿からの手紙を勝手に開き、その内容をバラすと私を脅してきた、異教徒の者である!もしや、魔王崇拝者かもしれん!捕らえて、尋問をするのだ!」
「……とにかく、一度身柄を拘束させてもらう!」
「拘束具を持って来い!」
「ここにあります!」
大勢の男の人が、ボク達に怪しげな拘束具を持って、迫ってきます。誰にも気がつかれないように、ジェウスと呼ばれた、マッチョの神父さんが、笑っている。他にも、何やら下卑た笑いを浮かべているのが、数人いるようだ。
「こうなったら、ネモ。全員殺しなさい。この場にいる、愚かな人間、ぜん、いん、で、す……すー」
「イリス!?」
突然、倒れてしまったイリスを、ユウリちゃんが支えた。
「ぐー……ぐー……えへへ……もう食べられません……」
どうやら、眠っているみたいで、もう寝言まで言っている。こんな、急に眠るかな?
「……あのお茶に、何か混ぜられましたね」
「そう言えば、何かちょっとすっぱくて、変な味だった」
「そう感じたのなら、これからは吐き出しましょう、お姉さま」
「はい……」
でも、それが毒かどうかなんて、分からない。別に不味くはなかったし、ボク自身は毒に対する完全耐性があるから、問題ない。それじゃあ飲んじゃうよ。
「あ。それ以上近寄ったら、全員殺します」
「っ……!?」
ボクがそう宣言した瞬間、ボク達ににじり寄っていた人たちの動きが、止まった。中には、腰を抜かして後ずさりしたりする人もいる。別にボクは、近寄らないでと言っただけで、離れてとは言ってないんだけどな。そもそも、ただ普通にそう言っただけなのに、この反応は失礼なんじゃないかと思う。
ちょっと、心外です。
「出されたお茶に、薬を盛られていたという事は、すなわち最初からこういうつもりだったのでしょう。それに、中にはそこの気持ち悪い神父さんと同じ、私達の身体目当ての方がいるようです」
「どうしよっか」
「いいんじゃないですか?皆殺しで。あ、でも女性の方は、見逃してあげてください」
「そうだね。それじゃあ……」
殺そうか──
「何の騒ぎですか!」
ボクが行動に出ようとした時、新たな人物が駆けつけてきて、一旦待機。
その人には、見覚えがあった。確か、ヘイベスト旅団にユウリちゃんを探しに行った時にいた人だ。名前は忘れたけど、眼鏡で優しそうで気の弱そうな男の人。
「おお、オルクル殿!この異端の者達が、私に暴力を!この手を見てください!」
「……!」
オルクルと呼ばれた、眼鏡の男の人は、神父さんの言葉には、あまり関心がないみたい。ぐちゃぐちゃの手をぶら下げて、アピールしているのに目も向けない。
代わりに、ボクの姿を見て、額から一筋の汗を流す。
「……手柄を横取りにした私を、殺しに来たのですか?」
「手柄?……ああ、あの新聞」
ボクが思いついたのは、今朝の、昨日のレイさんに関する記事の事だ。ボクの名前は一切出てこなくて、代わりにラスタナ教会が、ヘイベスト旅団を壊滅させたとかなんとか。
「そんな事、お姉さまは全く気にしていません。私達は、そこの手がぐちゃぐちゃになっている神父に濡れ衣を着せられ、身を捧げるように迫られたので、仕方なく反撃をしただけです」
「で、でたらめです、オルクル殿!この者達は、異端の者!ヘンケル様から届いた手紙の内容を、バラすと脅されたのです!」
「……手紙。これですか」
「それは──!」
机の上に、手紙は置きっぱなしだった。眼鏡の男の人は、その手紙を発見すると、神父が慌てて手紙を拾い上げようとする。
でも、間に合わなかった。眼鏡の男の人は、手紙に目を通し、そして神父に疑惑の目を向ける。
「親愛なるラスタナ教会、ディンガラン支部様に、物資を届けます。どうぞ、ご堪能ください。大した内容ではない。それより、物資とは、何の事ですか?」
「そ、それは……物資は、後から……で……」
「ハッキリとしてください。物資とは、何の事ですか」
「わ……私の、勘違いでした!どうやら全て、思い過ごしのようで、騒ぎをたてて申し訳ありません!」
「は?」
突然の、神父さんの勘違い発言に、ユウリちゃんは不機嫌そうな顔をした。
そこに集まっていたほかの人たちも、きょとんとしている。
「いや、冒険者のお三方も、あらぬ誤解をかけてしまい、申し訳ありませんでした。今後も、冒険者様に、ラスタナ様のご加護がありますように、祈っております。では、私はこれにして失礼」
「ジェウス様、お待ちください!手の治療をしなければ!」
慌てて去っていく神父さんに、数人の神父さんやシスターさんも付いて、この場を退出。だけど、眼鏡の男の人は、何の興味もなさそうに見送るだけ。
「ご迷惑をかけたようで、申し訳ありません!」
眼鏡の男の人が、ボク達に向かって、深く頭を下げてきた。
その場にいるほかの人たちが、驚きの表情を見せて戸惑うけど、お構いなし。たぶんこの人は、この中で一番偉い人なんだと思う。そういえば確か、ステータスにはラスタナ教会の幹部とか書いてあったっけ。
「あの方はたぶん、他にも同様の手口で女性に手を出していますよ。調査と、厳罰を望みます」
「はい。約束いたします。ですので……」
「……」
ユウリちゃんが、ボクを見て、ボクに最終判断を仰いできた。
「うん」
「分かりました。では、謝罪も頂いたことですし、この件についてはもう結構です。頭を上げてください」
「ありがとうございます」
「むにゃ……あと、5つは食べれます……」
ようやく解けたその場の緊張を、更に緩くするように、イリスが再び寝言を言った。
先ほどはもう食べれないと言っていたのに、今度は5つ食べられると言っている。一体、どんな夢を見ているのだろうか。
気になる所だけど、他人の夢の内容を知る術は、ありません。




