変化
この匂いを放ち、皆をおかしくしているのはぎゅーちゃんだとして、ではどうして、ぎゅーちゃんはそんな事をしているんだろう。ぎゃーちゃんが、故意で皆に危害を加える事をするはずがないので、何かそうなってしまった原因があるはずだ。
「ぎゅ、ぎゅーちゃん!」
ボクが声をかけても、ぎゅーちゃんは反応がありません。
駆け寄ろうにも、ボクに抱き着いているイリスを連れて、あのガスの中へと飛び込むわけにはいかない。この距離で、匂いを嗅いだだけでコレだからね。むしろ、おかしくなってしまった皆には、離れてもらった方が良さそうだ。
「イリス。ちょっと、離してくれる?」
「えー?やっ!」
「可愛い!」
ボクは拒否されて、思わずイリスを抱きしめてしまいました。
「お姉さま。気持ちは、分かります」
「はっ」
そんな場合ではなかった。ボクはイリスから手を離します。でも、イリスは力強くボクの胸に抱き着いたまま、離してくれそうにありません。
当然だけど、力づくで離す事は、できます。だけど、今のイリスに対して、そんな事ができる訳がありません。絶対に、してはいけない事です。
「……イリス。ぎゅーちゃんが、もしかしたらよくない事になってるかもしれない。すぐに、どうにかしてあげないといけないんだ」
「ぎゅーちゃん、死んじゃうんですか……?」
「ううん。そんな事には、絶対にならないよ。だけど、今のぎゅーちゃんに近づくのは、とても危険なんだ。イリスを一緒に連れて近づく訳にはいかないから、一旦離してくれるかな?イリスは良い子だから、分かってくれるよね?」
「……はい」
目を真っすぐ見て、諭すように言うと、イリスは渋々と言った様子で、ボクから手を離してくれました。
「ありがとう、イリス。ちょっとだけ、待っててね。ユウリちゃん。イリスを連れて、少し離れててくれる?ロガフィさんも、二人を連れて一緒に離れててね」
ボクは、イリスの頭を撫でながら、お礼を言いました。イリスは、そのままユウリちゃんに預けておく事にします。
「はい。お姉さま、お気をつけて」
「……」
ユウリちゃんが返事をして、ロガフィさんは頷きました。
「ネモ様、頑張ってくらさーい」
「もし傷ついた時は、私が癒してあげよう。付きっ切りで看病し、そしてちゅっちゅしてあげるからな」
ロガフィさんにまとわりついている、レンさんとディゼが、それぞれそう言って応援してくれました。とてもじゃないけど、2人は状況が分かっているようには見えません。
顔を真っ赤にして、焦点の合わない目で応援されても、困るよ。
だけど、2人をそうしている原因は分かったから、ちょっとだけ待っていてね。すぐに、元に戻してあげるから。
「ボクもついてくよ!面白そうだしね!」
ぎゅーちゃんに向かって歩き出したボクに、アンリちゃんもついてきます。面白そうだと言ってるけど、本当はぎゅーちゃんが心配なんだよね。ぎゅーちゃんとアンリちゃんは、仲良しだから。
そんなアンリちゃんと一緒に、ぎゅーちゃんの傍までやってきたボクは、ぎゅーちゃんの背中に手を触れました。
「ぎゅーちゃん……?」
やっぱり、返事はありません。周囲には、甘い甘い匂いが立ち込めていて、視界もぼやけて見えます。そんな中で、正面の口がある方へ回り込んでみると、ぎゅーちゃんの口は閉じられていていました。閉じられたその口からは、とめどなく涎があふれ出ています。
「ぎゅーちゃん!」
それを見て、ボクは慌てました。返事はなく、身動き一つとらずに、これじゃあまるで、死んでしまっているみたいじゃないか。ほんのちょっと前までは、レンさんに抱かれ、お家を落としてしまった事に対して、悲しんでいたのに。
「ぎゅーちゃん、一体どうしちゃったのさ!起きてよ、ぎゅーちゃん!ぎゅーちゃん!」
さすがのアンリちゃんも、そんなぎゅーちゃんの姿を見て、慌てた様子を見せます。でも、ぎゅーちゃんの身に何が起こっているのか、何がぎゅーちゃんをそうさせているのか、身体の作りが根本的に違うボク達に、それを見ただけで判断する事はできません。
分からないからこそ、ボクは冷静でした。まず、ぎゅーちゃんのステータスを確認します。
名前:モルモルガーダー(ぎゅーちゃん)
Lv :85
職業:ペット
種族:魔物
いつも通りの情報が表示されてから、最後に一つ、気になる物を見つけました。そこには、状態異常と書かれていて、“変化”と書かれています。
「変化……?」
変化って、なんだろう。見た目は変わった様子がないし、いつものぎゅーちゃんだ。どこか変わった様子はないけど……。
「ふぇーん、ぎゅーちゃん。一体どうしちゃったのさー。起きてよ、ぎゅーちゃん、起きてよー」
アンリちゃんは、泣きながらぎゅーちゃんの周りを飛び回り、挙句の果てには、ぎゅーちゃんの身体に上半身を突っ込んだりして、とにかくぎゅーちゃんを呼びかけます。アンリちゃんは霊体なので、ぎゅーちゃんの身体をすり抜けて、お尻だけが出ている状態です。
「……!」
「え?どうしたの?」
そのアンリちゃんが、すぐに顔を出して、驚愕した顔をボクに向かって見せて来ました。そして、ぱくぱくと口を動かし、しきりにぎゅーちゃんを指さして来ます。
「な……!」
「な?」
「なんか、いる!」
「なんかって?」
「いいから、見てよ!」
見てと言われても、ボクはアンリちゃんのように、すり抜けたりはできません。なので、アンリちゃんが見た物を確かめるには、ぎゅーちゃんの口を開かせる必要があります。
着替えたばかりなので、服はあまり汚したくないんだけどな……でも、ぎゅーちゃんのためだったら、仕方ありません。イリスにも、言っちゃったからね。ぎゅーちゃんは、大丈夫だって。
ボクは、意を決して、涎があふれ出ているぎゅーちゃんの口に手を伸ばし、無理矢理開かせました。
「っ!?」
その中にあった物に、アンリちゃん同様、ボクも驚愕の表情を浮かべる事になりました。




