まるで酔っ払い
「──では、私たちの現在地は、この辺りという事になりますね」
「う、うん。間違いないと思う」
ユウリちゃんの謝罪を受け入れたレンさんは、見事に復活して、今はボクと一緒に、現在地の確認をしています。
木箱の上に広げた地図を、2人で覗いているんだけど、距離が近いです。というか、くっついて地図を覗いています。レンさんの、大きく柔らかな胸が、ボクの腕に当てられていて、集中しにくいです。
「……想像以上に、進んだことになりますね。私たちは、一週間は短縮する事に成功しました」
レンさんが指し示した地図上の、ボク達の現在地は、山を越えた先の、森の中です。本来であれば、迂回するはずの険しい山を越える事に成功したボク達は、更にオマケで山を下り、更に先へ進んだ場所にいるみたい。ボクのマップと照らし合わせたので、間違いありません。
ただ、ここで問題も出て来る事になりました。
「辺りには、もう人里がありません。このまま少し進めば、魔界に入る事になります。できれば最後に物資の補給をしてから魔界に入りたかったんですが、それももう無理ですね」
「え。じゃあ、お風呂は?ホテルは?」
濡れたタオルなどを籠の中につめ、それを岩の上に並べて乾かす作業をしている、ユウリちゃんの下へといく途中で、イリスが足を止めて尋ねて来ました。
働いているからか、イリスのその顔は、若干赤くなっているように見えます。
「そんなもの、この先は望めません。というか、イリスさんは一体、何をしにきたんですか。旅行じゃないんですよっ」
「わ、分かっていますよ。分かっていますけど、いきなりだったから……」
この先は、敵地となる。これまでのように、ぬくぬくとした旅にはならないという不安が、イリスを襲ったみたいです。
あまりにも、突然だったからね。本当なら、あともうしばらくは人里をたどり、宿に泊まりながら過ごすはずが、いきなり魔界に入ろうとしているんだから。
「大丈夫だよ、イリス。イリスは、精霊の力を手に入れたんだから、前より少しは強くなってるはずだしね!」
「ネモ……それは、嫌味ですか?」
「え」
「けっ!」
イリスは悪態をつき、行ってしまいました。そんなつもりは、なかったんだけどな。少なくとも、セレンの力を手に入れて、前より弱くなったという事はないはずだ。前だったら、ボクが力を貸したところで、何も起きなかったはずだからね。だから、あんなに凄い魔法を発動できて、ボク達をここまで運んでくれたのは、進歩だと思います。
「ネモ様は、もう少しだけでいいので、イリスさんの気持ちを考えてあげた方がいいですよ。じゃないと、イリスさんがいじけちゃいます」
「う、うん……」
レンさんは、ボクの腕に抱き着いて、幸せそうに頬ずりしながら、そうアドバイスをしてくれました。
ボクとしては、イリスの事もちゃんと考えてあげているつもりなんだけど、まだまだ足りない。だから、今だってイリスを怒らせてしまった。
「でもそれより、今夜は私、ネモ様と一緒に眠りたい気分です。一緒の寝袋で、眠りませんか?狭い寝袋の中で、裸で温め合うんです」
「い、いや、それは……なしで……」
レンさんと、狭い寝袋で裸とか、想像しただけでおかしくなってしまいそうです。ふと思い返せば、あの下着姿のレンさんは、とてもえっちでした。思い出して、顔が熱くなってきます。
「……残念です」
そう呟くレンさんが、ふと不安げに見えました。気のせいかもしれないけど、でも、ボクには確信めいた何かがあります。
レンさんだって、イリスと同じように、不安を抱いても不思議ではない。レンさんは、本来なら貴族で、お嬢様で、旅なんかとは無縁のはずだったんだから。
「……」
「ネモ様……?」
ボクは、慰めになるか分からないけど、一緒についてく来てくれたレンさんの頭を、そっと撫でました。感謝をこめて、できるだけ丁寧に、優しく撫でます。
「ありがとう、レンさん。こんな危険な旅についてきてくれて……お父さんの反対まで押し切ってついてきてくれて、本当に感謝してるよ。レンさんがいなかったら、ボク達のまとめ役がいなくなって、大変だったと思う」
「言ったはずですよ。私にとって、ネモ様とお別れする事の方が、辛い事なんです。今こうしていられる時間を、私は選んだまで……だから、お礼はいりません。私は、ネモ様についていく。ただ、それだけなんですから」
「……分かった。でも辛いときは、絶対に、遠慮なく言ってね。それから、レンさんの事は、ボクが命に代えても守るから、だから安心してね」
「っ……!はい!ネモ様、大好きです!愛してます!結婚しましょう!」
「わっ」
そう言うと、レンさんはボクを、押し倒してきました。見上げたレンさんは、興奮した様子で顔を赤くしています。
「れ、レンさん?」
「な、なんだか私、凄く興奮しています。何故でしょう。何故かは分かりませんが、とにかくネモ様が欲しくてたまりません。心臓が痛いくらいにはねていて……ね、ネモ様……!」
「お、落ち着いて、レンさん……!え、えと、冗談だよね?レンさん?ひっ、レンさ……」
レンさんは、ボクの太ももを撫でながら、ボクの顔に、自分の顔を近づけて来ます。息を荒げ、涎まで垂らしていて、それがボクの頬に垂れて来ました。その様子は、あまりにも理性を欠いていて、いつものレンさんではないと、感じさせます。
「はぁ……はぁ……」
興奮し、ボクにゆっくりと迫るレンさんだけど、それが急に、遠ざかりました。
「ろ、ロガフィさん……」
止めてくれたのは、ロガフィさんでした。ロガフィさんは、レンさんの襟首を掴むと、ボクから引き剥がしてくれました。
「ロガフィさん、酷いれすよー。私は今から、ネモ様と添い遂げようとしていたのに、それを邪魔するなんてー」
「……」
「れ、レンさん、どうしちゃったの?」
顔を真っ赤にし、邪魔をしてきたロガフィさんの身体にまとわりつくレンさんは、とてもじゃないけど正気には見えません。ろれつも回っていないし、千鳥足です。その姿はまるで、酔っ払いのようでした。




