教会
ボクが腕に抱えているイリスが、いびきをかいて眠っている。そんなに寝心地がいいようには思えないけど、よく眠れるな……。
なんやかんやありながら、ボク達は中央区の、ラスタナ教会の前につきました。教会の入り口前には、女の人が、天に向かって剣を掲げる姿の、銅像が置かれている。その背中には、羽根があって、たぶん女神様をモチーフにしているみたい。訪れた人は、まずはその銅像に向かって、両手を合わせてお祈りを捧げてから、中へと入ってく。
「はっ!」
突然、腕に抱えていたイリスが、起きた。
「この気配は……やっぱり!」
そして、銅像を発見すると、嫌そうな顔をする。
そういえば、ラスタナ教会と聞いて、その時も嫌そうな顔をしてたっけ。
「ラスタナ……!」
「知り合いですか?あの銅像の方と」
「……知り合いも何も、女神の同業者です。頭まで筋肉でできた、正義感バカで、融通のきかないクソ女神ですよ。私に言わせれば、アスラに並ぶ本当にクソな女神です。何故、あんなのを崇めているのですか、ここの人間は。バカなんですか?それとも、ラスタナと同じように、脳みそまで──」
だから、そういう事は、大きな声で言わないでほしい。ボクは、イリスの口を、慌てて塞いだ。
「どうかしましたかな?」
そこへ、神父服姿の、男の人が話しかけてきた。年齢はたぶん、60歳くらい。年の割りに、がたいが良い。広い肩幅に、服の隙間から覗く首は、筋肉によって肥大化。凄く、太い。背は、ボクよりも頭一つ分は大きいかな。立派なあご髭は、白髪交じり。首から下げられた、翼の生えた剣のネックレスが、輝くように美しくて、太陽の光を反射しているのが印象的だ。
ボクは、慌てました。今のイリスの発言が、もしかしたら聞かれていたかもしれないので。
「騒がしくして、申し訳ありません。私達は、キャロットファミリーの一員で、クエストで手紙をお届けに参りました」
「おお、これはこれは。遠くから、ご苦労様です。どうぞ、こちらへ。お茶でも飲んで、休憩していってください」
どうやら、聞かれていなかったようで、安心する。
そして、神父さんはボク達を、教会の中へ入るように促してくるけど、正直ボクは入りたくなかった。さっさと帰りたいです。
「私は、こんな教会の中に入るなんて、ごめんです。中に入ったら、魂が消滅してしまうかもしれません。帰りましょう」
ボクに合わせる訳じゃないけど、腕に抱えたままのイリスも、中へは入りたくないみたい。
でも、教会に入って魂が消滅するとか、まるで悪魔みたい。イリスって、もしかして女神じゃなくて、悪魔だったんじゃないかなと、思う。
「……連れがこう言っているので、私達はすぐに帰ります。依頼書に、サインだけお願いしてもいいでしょうか」
「……」
ボクは、そういうユウリちゃんに、違和感を覚えた。ちょっと、元気がないような?
思えば、ここまでの道のりは、それなりに長かった。ボクは平気でも、ユウリちゃんはどうなのだろう。もしかして、ちょっと疲れてしまったのではないだろうか。
「あ、あの!お言葉に甘えて、少し休ませてください!」
思った以上に、大きな声が出てしまい、周囲の視線がボクに集まってしまった。
ちょっと気合を入れれば大きくなってしまい、噛んだり裏返ったり。油断すると、小さくなって聞き取ってもらえなかったり。声を出すのって、難しいです。
「勿論、歓迎しますとも。さぁ、どうぞどうぞ」
「……お姉さま、急にどうしたんですか?」
「い、いいから。早く中に入らせてもらおう。ボク、少し疲れちゃったんだ」
ボクは、ユウリちゃんの背中を押して、神父さんに付いて教会の中へと入る。
「えー……私の魂、消滅しちゃいますよ?いいんですか?」
イリスが、そんな事を言っているけど、勿論冗談だ。
それでも、もしも教会に入って魂が消滅したら、それは仕方ない事だと思うよ。だってそれ、絶対に悪魔だもん。
教会の中には、更に大きな、女神ラスタナ様の銅像が飾られていて、壮観だった。窓はステンドグラスによって彩られていて、そこから入る光が、銅像を神々しく照らしている。人々は、それに向かって手を合わせ、賽銭箱にお金を投げ入れて、何かお願い事をしている。
そんな人々を尻目に、ボク達はその場を通り過ぎて、奥の部屋へ通された。そこには、簡単な机と、台所みたいな所があって、休憩室みたいになってるみたい。
ボク達はイスに座り、筋肉の神父さんが淹れてくれたお茶を、すする。
静かで、落ち着く場所だ。窓の外では、子供達が庭を駆けて遊んでいて、平和そのもの。ここが、エロゲの世界だなんて事、忘れてしまう。
「……確かに。お手紙は受け取りました。ですが、封が開けられた跡がありますね」
ボク達の目の前で、手紙の封をあけた神父さんは、にこやかにそう言った。
でも、そんなはずはない。ボク達は、一切手紙の封には触れていない。というか、封は一切破られていなかった。それは、確かのはずだ。
「私達がお渡ししたとき、確実に封はされていたはずです。勘違いでは?」
ユウリちゃんが、冷静に、そう反論。
ボクは何をどう言ったら分からず、しどろもどろで、イリスはダルそうに机に突っ伏して、くだらない物を見るように、傍観している。
「いえいえ。確かに、封が開けられていました。ほら、コレが証拠です」
「ぷっ」
神父さんが見せてきたのは、神父さんが、たった今開いた手紙だ。確かに封は開けられていて、それは誰が開けたのか分からない。
その瞬間、イリスが噴き出した。
「笑い事ではありません。コレは、大変な事ですよ。高額な賠償金が、発生します。ギルドの方には、私からその旨をご連絡させていただくので、そのつもりで」
「ギルドに連絡されるのは、困りますー」
ユウリちゃん?何か、突然凄い棒読みになったんだけど。
「ええ、困るでしょう。ですが、私は女神ラスタナ様に仕える身。ラスタナ様ならば、このような罪を赦すのに、賠償という手段はとらないでしょう。そこで代わりに、私への奉仕活動をしていただければ、この件は黙っておきます。そうすれば、賠償金も払わなくていいですし、それに……気持ち良く、事が済むでしょう」
「あははは!」
「……」
「……」
イリスは、神父さんの言葉に、我慢仕切れずに笑い出し、ボクとユウリちゃんは、呆れて言葉も出なかった。
神父さんが、突然机を強く叩きつけて、大きな音が鳴る。ボク達の飲みかけのお茶も、倒れてこぼれてしまう程の衝撃だった。
「コレは、冗談ではありません。今すぐ、道を選びなさい」
そう言う神父さんの目は、欲望に染まっていた。




