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精霊の力を宿した存在


 突然のユウリちゃんの平手打ちに、イリスは相変わらず、頬を押さえて固まっています。

 そんなイリスを抱きしめたのは、ロガフィさんです。泥がつくのも気にせず、後ろから抱きしめて、黙ってイリスの頬を撫でてあげています。


「──な、何をするんですか!痛いじゃないですか!」


 そこで、ようやくイリスがそう叫びました。抱きしめて来たロガフィさんに構うことなく、そのままユウリちゃんに向かって怒りを向けました。


「痛いから、なんなんですか!貴女は、本当にバカですよ!いきなり馬車を飛び降りて、着地に失敗して怪我をしながら、それでも起き上がって危険な地に向かって走り出すなんて、本当にバカとしか言いようがありません!」


 それに対して、ユウリちゃんも怒って怒鳴り散らします。ボクも、似たような事をしたけど、その迫力はボクの物とは比べ物になりません。本気で怒ったユウリちゃんを前にして、イリスの怒りは縮小し、戸惑いを見せ始めました。


「た、戦いを止めるために、仕方なかったんですよ……」

「それでも、やりようはいくらでもあります!いいですか!?今の貴方は、力を持たない、ただの幼女なんですよ!女神の時がどうだったかは知りませんが、今は簡単に死んでしまう、弱い存在なんです!お願いですから、無茶をしないでください……!私、貴女が死んでしまう姿を想像して、ぞっとしたんですから……」

「それだけ、凄い衝撃波だった。あの衝撃波にイリスさんが巻き込まれ、この程度の怪我で済んだのは、奇跡としか言いようがない。まるで、幸運の女神によって、守られているようだ」


 ディゼも追いついてやってくると、そう言いました。


「幸運の、女神……」


 ボク達の視線は、自然とユウリちゃんに向きました。ユウリちゃんの持つ、幸運の加護によってイリスが守られたのだとすると、イリスはユウリちゃんがいなかったら、死んでしまってもおかしくなかった事になります。

 そう考えると、イリスはやっぱり無茶な行動に出たと再認識させられて、イリスに対する怒りと、無事でよかったと言う安心感がごちゃ混ぜになり、よく分からない感情になります。


「はぁ……無事だったのならいいですけど、もうこんな無茶はしないでください。怪我、痛くありませんか?腕以外も、どこか痛かったりする所は?」


 ユウリちゃんはそう言いながら、イリスの擦りむいた腕を手に取り、怪我の具合を見てあげます。

 大した怪我じゃないけど、幼女が負った怪我にしては、酷い出血に見えます。普通だったら、泣き叫んでいるね。でも、イリスだから無反応で済んでいます。


「……平気です」


 ユウリちゃんに怒られて、イリスはちょっと、しょんぼりとしています。ボクが怒った時は、怒って来たのに、この反応の違いを目の前にすると、ちょっと複雑です。

 でも、これでイリスに、ちょっとでもボク達の気持ちが伝わったのなら、別にいいか。イリスを抱きしめているロガフィさんも、力強くイリスを抱き、口にはしないけど、本当はボク達と同じ気持ちのはずだ。


「平気ですって……この辺り、痣になっているじゃないですか!」

「い、いた、痛いです……!」


 ユウリちゃんが発見した痣は、イリスの二の腕にありました。馬車から飛び降りた際にできたと思われるそれを、ユウリちゃんが軽く握ると、イリスは痛みに悶えます。

 擦り傷に加え、そんな怪我もあったなんて……もしかして、やせ我慢して隠していたのかな?だとすると、更に叱るべき要素が出て来た事になります。


「……話を変えるようですまないが、敵はどこだ?」


 ディゼは、先ほどから周囲を見渡して、その姿を探していたけど、敵はどこにもいません。ディゼも襲撃者の気配に気づいていたので、敵がいた事は分かっているようだけど、その姿がないのに違和感を覚えたみたい。残ったのは、激しい戦いの跡だけで、酷い物です。

 そんな状況を見て何かを察したのか、ディゼがボクの方を、冷や汗を垂らしながら見て来ました。

 それに対して、ボクは首を傾げます。ユウリちゃんも、苦笑いを浮かべながら、ボクの方を見て来て意味が分かりません。


「あー、違うよ。ネモさんは、敵を跡形もなく吹き飛ばしたり、してないよ」


 その視線の意味を察したアンリちゃんが、ボクに代わって明るく答えました。


「そ、そうか!そうだよな、ネモさんは優しいから、そこまで非道な事はしないよな。私は分っていたが、状況が状況なだけに、ちょっと心配になってしまった」

「私も、お姉さまがそんな事するのだとしたら、理由があると思っていたので、平気です!」


 2人が、ボクの事をどういう意味で見ているのか分かって、頬を膨らませます。フォローするように言った2人だけど、膨らませずにはいられない。いくらボクだって、敵を跡形もなく吹き飛ばすなんて事、たまにしかしないんだからね。


「襲ってきた、水の精霊さん?は、イリスさんの中に消えていったよ。イリスさんに、力を貸してくれるとか、なんとか?」

「精霊の力を!?いや、それを驚くべき事だが、何故精霊が襲ってきたのだ!?」


 アンリちゃんの説明を聞いて、ディゼは驚きを隠さずにはいられません。


「それには、色々と訳があります。ですが、今は私が、精霊の王の力を宿した存在である事を、貴女達には知っておいてもらいましょうか」


 ニヤリと笑うイリスは、そう言って右手を胸の前でわきわきとさせて、とても悪い顔をしていました。

 でも、ロガフィさんに抱きしめられ、頬を相変わらず撫でられたままなので、どこかほっこりさせられます。


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