違います
目的の、ヘンケルさんのお屋敷は、凄く大きかった。豪華な装飾の施された、派手な建物は、キャロットファミリーの建物よりも大きい。建物の形はコの字で、正面から見るとその迫力に圧倒される。広い庭には、美しい花々が植えられていて、キレイだ。手入れもちゃんとされていて、建物に至るまでの道に、癒しの空間が広がっている。その庭は、四方が高い柵に囲まれていて、警備の兵士さんが、巡回しているみたい。ボク達が訪れた出入り口にも、勿論複数の武装した兵士が立っている。
「む。何用だ、貴様ら」
門の兵士さんに、話しかけられてしまった。ボクは慌ててフードを深く被り、ユウリちゃんの後ろに隠れる。
「キャロットファミリーで、お手紙の配達のクエストを受注した者です。お姉さま、依頼書を」
ボクはユウリちゃんに言われて、依頼書をストレージから取り出すと、ユウリちゃんに渡した。
ユウリちゃんはそれを兵士さんに渡し、兵士さんは紐を解いて中身を確認。軽く見てから、ボク達に背を向けた。
「……少し、ここで待っていろ」
兵士さんは、用意されていた馬に乗り込むと、建物の方に向かって颯爽と去っていった。どうやら、建物までの道のりが長いので、馬で移動してるみたい。広すぎるのも、不便なんだなぁと思いました。
しばらく待っていると、先程の兵士さんが、馬に乗って戻ってきた。
「待たせたな。確認が取れた。こちら側の印は押したので、あとは届け先の中央区のラスタナ教会で、サインを貰ってから、ギルドに報告してくれ。それとコレが、依頼の手紙だ」
馬から降りた兵士さんは、手に持った依頼書を開いて見せてくる。依頼書には、確かに赤いハンコが押されていて、ボク達がそれを確認してから、筒状に丸めた。更に懐から取り出したのは、蝋で封印された手紙。それと依頼書を、まとめてユウリちゃんに渡してきた。
「確かに受け取りました。では、失礼します」
「うむ。気をつけて行け」
こういう対応は、ユウリちゃんがしっかり出来るので、非常に助かる。ボクの場合、こうは行かないよ。イリスも、生意気な事を言ってトラブルが起きそうで、任せられない。
中央区までは、ここから徒歩で、2時間程かかるらしい。そう考えると、この町って凄く広いんだなぁと思う。
「はぁ、だる。もう歩けない」
歩き出して、15分程だろうか。そう言って道端に座り込んでしまったのは、イリスだ。
別に、森の中を歩いている訳じゃない。ボク達は、舗装された石畳の上を歩いている。しかも、イリスに合わせて凄くノロノロと。コレで疲れを感じるのは、やはりイリスの体力がGのせいだろう。
「立ちなさい、イリス」
「無理です」
「では、イリスはここで待っていてください。私とお姉さまは、お手紙を届けてくるので」
「はっ。もしも私をここに置いていったら、たぶん私、浚われますよ?いいんですか?イヤでしょう?」
イリスは何故か、できる物ならやってみろというような態度だ。
「じゃあ、行こうか」
「はい、お姉さま」
ボクとユウリちゃんは、イリスに背を向けて歩き出した。
「行けるものなら、行ってみなさい!いいんですね!?私、絶対に動きませんからね!浚われますよ!ほら、今にも性欲に支配されたオスに、襲われそう!いいんですか!?私、ピンチですよ!ね、ねぇ!ちょっとくらい、振り返りなさい!ねぇってば!無視しないで!お願い、少しでいいから、休ませて!ネモー!ユウリー!」
イリスは、ボク達の後を走って追いかけてきて、追いついてきた。なんだ、まだ元気じゃん、と思われても仕方のない行動だ。
それから、ボクとユウリちゃんの服の裾を掴み、半泣きで懇願してくる。
「だから、ダメですって。日が暮れたら、それこそ危険な目にあう可能性が跳ね上がります。貴女の我侭に付き合っている場合では、ないんです」
「じゃあ、せめて私も連れて行きなさい!タクシーとまでは言わない!馬車でいいから、その辺で拾ってきて、それで中央区へ行きましょう!」
「どうして、980Gのために、それを遥かに凌ぐ値段の馬車で行かないといけないんですか!」
「いーいーでーしょー!お金ならまだ、いっぱいあるんでしょう!?少し使ったところで、変わりません!」
その場で、地面に寝そべって、絵に書いたような駄々をこね出すイリス。その幼い容姿と、子供のような服装でそうされたら、本当にただの子供にしか見えない。実際はたぶん、ボク達の中では一番の年長者のはずなのに……。
周囲の人達は、駄々をこねる子供を見て、微笑ましそうに笑って通っていくけど、これ子供じゃないです。おばさんです。おばさんが駄々をこねている姿を見て、微笑ましく思いますか?ボクは思いません。
「しょうがない……」
ボクは、ため息をついて、イリスの頭を片手で掴んで歩き出す。イリスは、足をずるずると引き摺りながら、連れて行く。
「お姉さま、優しくて素敵です!」
「……違う」
「このまま放っておくと、注目を浴びて辛いからね……」
「……違います」
「ほら、イリス。お姉さまにちゃんと、お礼を言いなさい。運んでくれて、ありがとうございますって」
「違いますから!」
イリスは、いきなり怒鳴って、ボクの手を払いのけてきた。
「運ぶなら、もっとマシな運び方があるでしょう!おんぶとか、だっことか!どうしてこんな、人並みどころか、物以下の運ばれ方をされなくてはいけないのですか!?」
「だ、だって、イリス小さくて運びやすいから……これでいいかな、と」
「もう。我侭はいけませんよ、イリス。めっ、です」
「……何?私が悪いの?と、とにかく、この運び方は、お願いだからやめて!」
そうお願いされて、ボクは仕方がなく、別の持ち方でイリスを担いだ。片腕に、イリスのお腹を巻き込んで持ち上げた、スタイルだ。抱っこというより、まるで物を運ぶような形だけど、イリスから文句は出てこない。
「私はもう、何も言うまい」
全てを諦めたような、イリスの表情でした。




