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怒りの反論


「ネモ……」

「っ……!」


 叩いてしまった。反射的にとは言え、ボクにとって大切な存在であるはずのイリスの頬を、平手打ちで……。叩いてから、後悔の念が襲ってきて、ボクは目を伏せてしまいます。


「今のは、叩いたつもり、ですか?全く痛くなくて、ただ触れられただけみたいなんですけど、女神である私の頬を叩くとか、どういう了見ですか。事と場合によっては、タダではおきませんよ」


 イリスはそう言って、ボクの胸倉を、小さなその手で掴んできました。その顔は怒りに染まっていて、ボクを睨みつけて来ます。


「い、イリスが、勝手な行動をするから……!今回はたまたま無事だったけど、凄く危ない事をしたんだよ!?下手をしたら、死んじゃってたかもしれない!イリスが死んじゃうなんて、そんなの絶対に嫌だ!だからイリスは、もっと慎重になって!行動する前に、最悪の事態を想定してよ!ボクなんかより、ずっとずっと頭が良いんだから、それくらいできるでしょう!?」


 イリスが怒ってきた事により、ボクは吹っ切れました。怒るイリスに対して、こちらも精一杯の怒りを見せて、反論しました。


「──分かっていますよ!分かっているけど、戦いを止めるために、こちらも必死だったんです!」


 イリスはそう言って、ボクの胸倉から手を離しました。そして、ボクの背後にいた、裸の女性の方へと歩み寄ります。


「い、イリス……!」


 いくら敵意がないとはいえ、イリスが1人で近寄るのは、危ない。手を差し伸べて止めようとしたけど、イリスはその手を払いのけて来ました。

 勢いよく払われた事により、乾いた音が響きました。物理的には、痛くはない。だけど、イリスに拒絶されたみたいで、胸に何かが突き刺さった気がします。


「……彼女は、水の精霊。それも、精霊の王と呼ばれる、極めて稀な存在です」


 精霊と言うと、その身体は全身が魔力で形成された、普段は目にする事もできない生物のはずです。この世界の精霊の役割は知らないけど、魔法を使う際に精霊の力を借りたりする事ができて、イリスも前にしょぼい魔法を使った時は、精霊の力を借りていました。

 ただ、いきなり姿を現したかと思うと、襲ってくるような野蛮な種族だとしたら、ちょっと考えないといけません。


「精霊は、神々に仕える存在です。精霊は人々に、力と繁栄を与え、魔を滅し、世界の守り神とも言える存在。普段はとても温厚で、簡単に人の前に姿を現す事もないはずです。そんな精霊が姿を現し、襲ってきたのには、かならず理由があるはず。そこに、アスラのババアが絡んでいるのか、はたまた魔王の差し金なのか、それを見極める必要があります」


 イリスが語る精霊とは、そんな野蛮な種族ではありませんでした。ボクの知っている精霊のイメージと、合致します。


「で、でもその人、全く喋ってくれないんだ」


 ボクがそう言うと、イリスは裸の女性を見据えました。少しして、イリスが口を開きます。


「……彼女は、強力な魔の力を持つ、ロガフィに釣られてやってきたようです。彼女の故郷が、魔族によって襲撃され、その仲間なのではないかと思い、攻撃してきたと言っています」

「わ、分かるの?」

「私は、女神ですよ。精霊との会話くらい、容易にできます。うん……?力が暴走している彼女を見て、始めは打ち滅ぼすべき敵と判断したが、口づけをして感情が力の支配から目覚める姿を見て、それらとは違うと思った、と……」


 そう説明を聞いて、イリスはボクの方を睨みつけて来ました。ロガフィさんを止めるためにした、仲良しのちゅーの事を指しているんだろうけど、改めて説明されると、恥ずかしくなります。ロガフィさんの唇は柔らかいし、気持ちよかったし、今考えると、凄い事をしてしまいました。

 それを聞いて、イリスは何故かさっきよりも怒った様子で、不機嫌そうに鼻をならし、再び精霊の女の人に視線を戻します。


「この魔族。ロガフィは、確かに強力な力を持つ、魔族です。しかし、今は私たちの仲間であり、害はありません。というか、随分昔に魔界を追い出され、むしろ貴女とは似た環境にあると言えるでしょう。だから、争うべきではありません」

「……精霊。腕、ごめんなさい」


 イリスが説得をし、ロガフィさんが再び謝りました。ロガフィさんによって切り落とされた、精霊の女性の腕は、未だに切り落とされたままで、痛々しいです。


「……謝るべきは、こちらだと言っています。全ての魔族がそうでない事は分かっているが、貴女の持つ魔力が、私の故郷を襲った魔族に似ていたので、感情が抑えられなくなった……」


 それを聞いて、ロガフィさんの身体が強張りました。

 ロガフィさんの魔力に似た力を持つ人物とは、ロガフィさんの身内だと想定できます。その身内とはすなわち、現在の魔王である、ロガフィさんのお兄さんの事をさします。


「それはたぶん、私のお兄ちゃん……。貴女が私を敵と判断したのは、合っている」


 ロガフィさんは、正直に、自分が魔王の身内だと、伝えました。


「──」


 ふいに、精霊の女性が切り落とされた腕を胸の前で構えました。すると、そこに水が集まっていき、水が腕の形を作り、それが肌色となって、彼女の腕となって再生します。

 どうやら、再生能力があるみたいで、安心しました。腕のない姿は、ちょっと痛々しいからね。


「……貴女は、私の故郷を襲っていない。例えあの魔族の身内であろうと、貴女は優しい子。だから、攻撃をする理由はもうない。それに、私は貴女に負けた。生まれて数百年経つが、あのような強力な力を前にするのは、初めてだった。圧倒的な力を前にして、更にその上を行く力を見る事になり、その力を支配のために行使しない貴女たちを見て、私の感情から、貴女に対する憎悪は消え去った。が、故郷を襲った魔族に対する怒りは、しっかりと残っている」


 イリスが通訳し終わると、精霊の女性は、ボク達に背を向けました。そして、歩いて立ち去ろうとします。


「待ちなさい」


 それを、イリスが呼び止めました。精霊が振り返ると、そこにいるイリスはニヤリと笑い、悪そうな笑みを彼女に向けています。


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