自分を怖がらないで
大きくなったロガフィさんの闇の剣を、ボクは勇者の剣で受け止めました。その瞬間、先ほどの、ロガフィさんの剣を受け止めた、裸の女性の剣とのぶつかり合いなど、比較にならないほどの衝撃が生まれます。
周囲に広がっていた草原は、あまりの衝撃に草が抜けてはげ、露出した地面は抉れ、すさまじい風が巻き起こります。そんな風や衝撃にまじり、ロガフィさんの剣から分離した闇が辺りに飛んで行って、周囲は薄暗くなっていく。ただでさえ、雲に包まれて薄暗いのに、その闇によって更に暗くなります。
「ぐ……!」
予想はしていたけど、その剣の威力はすさまじいものでした。こんなのをまともに食らったら、きっと跡形もなく吹き飛んでしまう。ぎゅーちゃんたちを、逃がしておいて正解でした。こんな攻撃に巻き込まれたら、大変な事になっちゃうよ。
それにしても、この力はもしかしたら、ディレアトを超えているかもしれません。世界最強と呼ばれる存在で、しかも女神アスラの力を授かった、あの竜をも超える力……。
聞いただけの話なんて、所詮はその程度だ。この世界最強の生物が、竜?そんな事はない。世界最強は、魔王だ。
「はああああぁぁぁぁ!」
ボクが振りぬいた剣が、ロガフィさんの闇の剣を砕きました。同時に、周囲を包み込んでいっていた闇も消え去り、辺りは元通りです。ただ、ちょっと前と比べて、地面があちこち隆起したり、草原で覆われていた大地が、枯れた荒地となっただけです。そんな光景が、ボク達を中心として、周囲数百メートルにわたって続いています。
攻撃が終わり、ボクは目の前にいたロガフィさんを、片手で抱き止めました。
「ロガフィさん」
「……」
抱いたロガフィさんの名前を呼ぶけど、ロガフィさんの目には未だに怒りの炎が宿り、赤く輝いています。その目は、ボクの後ろに呆然と立ち尽くす、裸の女性を見据えていて、ボクが離したら、彼女を襲ってしまうだろう。
ロガフィさんは、完全に、怒りで我を忘れています。ボクと目が合っているはずなのに、ボクが誰なのか、理解できていないようです。
「ボクは、平気だよ。怪我も、してない。息だって、ボクはけっこう長い間止めていられるから、あれくらい、なんともないんだ」
「……」
そう訴えかけるけど、ロガフィさんはもがき、ボクの拘束を解こうとしてきます。でも、ボクは勇者の剣をアイテムストレージにしまうと、ロガフィさんを両手でしっかりと抱きしめて、逃がしません。
ボクが無事だったのは分かっているはずなのに、ロガフィさんはその事を、一切見ようとしません。ただ、ボクが裸の女性を庇った時、攻撃を止めようとして、攻撃の力を弱めた事は分かりました。弱めた上で、この威力です。
「……!」
「ロガフィさん……」
ロガフィさんの感情は、力に支配されると、止まらなくなってしまうらしい。だから、ロガフィさんは、自分が力に支配されるのを恐れ、力の行使をやめた。今のロガフィさんを見たら、そうしたくなってしまう理由も、分かります。これだけの力を持つ彼女だ。止められる人も、きっといなかったと思う。
でも、普段は本当に優しくて、殺気なんて放つことはない。いつも、イリスとくっついて、イリスや皆を大切に思ってくれている。自分の命を救ってくれたジェノスさんのため、無茶だと分かっていても、がむしゃらになって、その後を追いかけようとした。
今だって、ロガフィさんに力を行使させてしまったのは、ボクだ。油断して、そのきっかけを作ってしまった。
どうにか、ロガフィさんを元に戻す方法はないものか。ボクは、抱きしめているロガフィさんの顔を見つめながら考えて、思いつきました。これならきっと、ロガフィさんは我を取り戻してくれるはず。その自信があるから、ボクは迷うことなく、ロガフィさんの唇に、自分の唇を重ねました。
「っ!?」
仲良しの、ちゅーです。かつてはロガフィさんからされた仲良しのちゅーを、今度は自分から、しました。
気づくと空は晴れていて、差し込んだ太陽の光が、ボク達を神々しく照らしています。そう見えるのは、地面や自分の身体が雨で濡れていて、光を反射しているからかもしれません。そう見えた理由はともかくとして、まるで、ボク達を祝福しているかのようでした。
「……ネモ」
ややあって、重ねた唇をゆっくりと離すと、その口で、ロガフィさんがボクの名前を呼んでくれました。その目からは力が抜けて、いつものロガフィさんの目に戻っています。
その目でボクの目をじっと見つめてきて、でもすぐに元気がなくなり、ボクから目を逸らしてしまいました。
「ど、どうしたの、ロガフィさん。どこか、痛いの?怪我、したの?」
慌てて尋ねたけど、怪我をしているようには見えない。でも、怪我は目に見える所ばかりじゃなくて、目に見えない所にする可能性だってある。だとしたら、大変だ。早く治療をしないと。
「怪我は、していない。でも、私には、近寄らない方が良い。私は、化け物だから……やっぱり、みんなを、傷つけてしまう、危険な存在」
そう呟くロガフィさんの言葉を、ボクは無視しました。無視して、更に強く抱きしめます。
ロガフィさんが化け物だなんて、そんな事はない。本当の化け物は、そんな事を言わないし、こんなに優しく可愛くもありません。
「大丈夫。そんなに、心配しないで。ボクと一緒にいれば、いつでもロガフィさんを止めてあげる事ができるから、安心して」
「……あの剣を止めたのは、ネモが初めて」
「えへへ。ロガフィさんの剣も、そこそこ強かったよ。でも、まだまだボクには及ばないかな。あれくらいじゃ、いつでも止めてあげられるから。だから、そんなに自分を、怖がらないで」
「……うん。ありがとう」
ロガフィさんはそう言って、ボクを抱き返してきました。色々あったけど、とりあえずは無事、ロガフィさんが元に戻った訳だし、一件落着です。




