大変。変態。
雨宿りができる場所は、なかなか見つかりません。雨が平気なアンリちゃんが、馬車から飛び出して探しにいってくれたけど、戻ってこないし、ボク達は路頭に迷います。
ただ、こんな場所で止まる訳にはいかないので、ぎゅーちゃんが気を付けながら進んでくれるけど、雨に打たれるぎゅーちゃんも心配だ。雨で濡れながら歩み続けると、予想外に体力を奪われるんだよね。それがぎゅーちゃんにも適用されるかどうかはともかくとして、気持ちが分かるから、心配なんだ。
「お姉さまの地図にも、何か雨宿りができそうな場所はありませんか?」
「う、うん。探してるけど、この地図は、そこまで詳しく分からないんだ。道とかは分かるんだけど……雨宿りできる場所かどうかは、全く分からなくて……」
エーファちゃんの住む村の周りには、少しは森があったけど、村を出たボク達が進む先は、しばらく平原です。その平原には特に何もなく、打ち付ける雨から守ってくれる森も、洞窟も、建物もありません。オマケに、雨で視界が極端に悪く、一番ダメなタイミングで村を出てしまった気がしてなりません。
「……」
そんなボク達に、沈黙が流れます。何もできる事はなく、今はただ、ぎゅーちゃん頼りで進むしかなくて、空気が重くなる。
「ぎゅ、ぎゅーちゃん。大丈夫?雨、辛いよね。もうちょっと頑張って進んで、雨宿りできる場所を探そう」
ボクは、運転席の窓から、馬車を引っ張ってくれているぎゅーちゃんに、そう声を掛けました。荷物の山を登り、身を乗り出して声を掛けると、ぎゅーちゃんが窓から触手を伸ばして入って来て、その触手の先端が、ぱっくりと割れました。
「ぎゅー、ぎゅぎゅー」
その触手の先端からは、声が聞こえて来ます。それは紛れもなくぎゅーちゃんの声で、口の代わりみたいです。
こんな事も、できるんだね。正直言って、触手の先端から涎のような物が垂れ、少し汚い気もするし、気色悪く見えるけど、ぎゅーちゃんはぎゅーちゃんだ。ボクは、受け入れるよ。
「何ですかそれ、キモ」
「ぎゅ!?」
しかし、イリスにはそんな事お構いありません。思った事を、思った通りに口にする。それがイリスだから。だから、イリスはぎゅーちゃんの触手を見て、キモイと言い放ちました。
そのイリスは、ロガフィさんにもたれかかり、ロガフィさんはまるで、クッションのような扱いです。そんなロガフィさんも、イリスにやや体重をかけていて、お互いもたれかかり合っています。
「ぎゅーちゃんさん、雨の中、大変でしょうけど、頑張ってください。もうじきアンリさんが戻って来て、雨宿りできる場所を、知らせてくれるはずです。それまでの、辛抱です」
「ぎゅぎゅー。ぎゅ」
レンさんの励ましに、ぎゅーちゃんは触手を身振り手振りで動かして、何かを訴えて答えました。
「え、えーと……」
その意味が分からなくて、レンさんが困って呻ります。でも、ボクは分かりました。
「ぎゅーちゃん、雨が平気なんだ……」
「ぎゅ!」
触手が頷き、ボクが聞いた事に、そうだと答えました。
「でも、視界が悪いのは確かです。いくら雨が平気だからと言って、やっぱり進むのは危険ですよ。先ほどみたいに、ぬかるみに嵌まったりしたら、抜け出すのは簡単でも、馬車が壊れてしまう事だって考えられます。そうなったら私たちは、歩いて旅する事になるんですよ。この荷物を持って、です」
荷物に関しては、ボクのアイテムストレージに入れれば、なんとかなりそうな気もする。けど、そう言った方がインパクトがある。そんな、インパクトのあるユウリちゃんの言葉に、危機感を持ったイリスが、冷や汗を流します。イリスは、悪路を荷物なしで歩く体力すらないからね。
「ユウリさんの、言う通りだ。だが、ぎゅーちゃんさんが雨が平気なのは、心強いな。すまないが、もう少しだけ、私たちを乗せていってくれ」
「ぎゅー!」
ディゼが、そう言って口の開いたぎゅーちゃんの触手を、優しく撫でました。ディゼは、特に気持ち悪がったりする様子はありません。でも、涎を垂らし、心地よさそうにディゼの手に擦り寄る触手は、やっぱりボクも、気持ち悪いと思います。
「──大変だ!いや、むしろ変態だ!ううん、大変なんだ!」
突然、アンリちゃんが戻って来ました。天井からすり抜けて姿を現し、ボクの周りを飛び回り、身体をすり抜けたりして来ます。
「落ち着きなさい、鬱陶しい!一体、どうしたんですか。変態なら、ここにいますよ」
「あ、ホントだ」
イリスに言われ、アンリちゃんはユウリちゃんとレンさんを交互に見て、安心したようにおとなしくなりました。
「変態で、結構です。私は女の子を愛し、愛でるためなら、なんと呼ばれようが構いませんし、咎められようと、何とも思いません。だから、したい事をするだけです」
その発想は、危ない人の発想だよ、ユウリちゃん。
「え。私も、変態?どこが、ですか?私はただ、ネモ様を愛しているだけですし、純愛ですよ」
自覚がないレンさんはレンさんで、危ないと思います。
「……そ、それで、雨宿りができる場所は、見つかったのか?」
「ち、違うんだよ!それどころじゃなくて、大変なんだよ!」
「ひゃあぁぁぁ!」
ちょっと怯えながら、ディゼがアンリちゃんに尋ねると、アンリちゃんはターゲットをディゼに変えました。ディゼの周りを飛び回り、身体をすり抜け、大はしゃぎです。
それに耐えかねたディゼが、座り込んでしまいました。女の子らしい悲鳴をあげ、座り込むディゼは可愛いけど、恐がって可哀そう。
「で、どうしたんですか」
「ぐえぇ」
そんなアンリちゃんの服の襟を掴んで止めさせたのは、イリスです。この中で、アンリちゃんに触れられるのはイリスだけだから、凄く限定的なんだけど、こういう時頼りになります。




