嫁にする
昨日、ご飯を食べた、このお家のリビングとして使われている部屋へとやってくると、そこにはエーファちゃんと、ロステムさん。それから、メリファさんとおじさんも既に起きていて、ボク達を待ち受けていました。
まだ、日も昇っていないのに、皆着替えていて、ボク達のために早起きをしてくれたようです。
「おはようございます」
「お、おはようございます、メリファさん」
挨拶をしてきたメリファさんに、ボクは皆を代表して返しました。
そこで気づいたんだけど、なんだか空気が重いです。ロステムさんはエーファちゃんを抱きしめるように立っているし、エーファちゃんは不機嫌そうに頬を膨らませて、床を見つめています。おじさんは……よく分かりません。
「ユウリさん。何か、あったのですか?」
「……エーファちゃんが、私たちとお別れするのが嫌だと、駄々をこねたんです。それがとても可愛くて、思わず性的な意味で手を出しそうになってしまったんですが、我慢しました」
ボクの後ろで、レンさんとユウリちゃんが、小さな声でコソコソと話をして、それが聞こえて来ました。
エーファちゃんが、ボク達と別れたくないと思ってくれて、駄々をこねてくれた。それは、凄く嬉しい事だ。ボクだって、気持ちは同じです。せっかく知り合えて、友達になれたのに、もうお別れだなんて、辛すぎる。
「エーファお嬢様……皆さん、やらなければいけない事があるんです。だから……」
「そんな事、言われなくたって分かってら!でもよ、やっぱり辛いんだよ!せっかくダチになれたのに、もう行っちまうなんて……!」
抱きしめられている、ロステムさんの手を掴んで、エーファちゃんは必死に、ボクに向かって叫びました。
「エーファはお嬢様は、昔からご主人様に似てこういう口調ですし、身体も弱かったです。オマケに、私の命を分け与えられる事によって出た、サキュバスの力の影響もあり、変な男に言い寄られる事も、多々ありました。そのせいで鳥籠の中のお嬢様になってしまい、お友達もろくにできなかったんです……。皆さんが、本当に初めてできたお友達で、そんな初めてできたお友達とのお別れも、お嬢様にとっては初めてで、気持ちの整理がつかないんです」
「っ……!」
エーファちゃんの瞳から、涙が溢れました。歯を食いしばり、相変わらず鋭い目つきで、生意気そうな顔をして黙っているけど、ロステムさんの言葉を肯定するかのように、涙を流します。
「エーファさん……」
「……」
心配げなレンさんをよそに、ボクはエーファちゃんに歩み寄りました。そして、エーファちゃんの前に膝立ちになり、涙を流すエーファちゃんの頬を、両手で撫でます。
その頬は、イリスのように、ふにふにで柔らかくて、凄く触り心地が良いです。
それを見て、ロステムさんはエーファちゃんを抱くその手を離して、一歩下がりました。エーファちゃんを、ボクに預けてくれたみたいです。
「ボクも、エーファちゃんと同じ気持ちだよ。エーファちゃんが、そう思ってくれて、凄く嬉しい。エーファちゃんの初めてのお友達になれた事も嬉しいし、エーファちゃんと出会えた事も、エーファちゃんに触れられる事も、一緒にお風呂に入れた事も、エーファちゃんとロステムさんの関係の力になれた事も、全部嬉しいよ」
「お、オレだって同じだ!あんなに楽しく風呂に入ったのは初めてだし、ロステムとは、お前達のおかげで分かりあえた!全部、ネモ達のおかげだ!だから、オレはもっと一緒にいたいって思って……なのに、寝て起きたらもうお別れなんて、そんなのあんまりだろ……」
「……うん。だけど、ボク達にはやらないといけない事がある。ただでさえ少し遅れていて、時間が惜しいんだ。エーファちゃんとのお別れは、本当に、凄く悲しいけど……でも、行かないといけない。でも、それでエーファちゃんとお友達じゃなくなる訳じゃないからね。ボク達はこれからも、ずっと友達で、離れても友達だよ。それに、また会いに来る。用事が終わったら、絶対に。だから、少しのお別れだけど、その日までエーファちゃんにも、我慢してもらいたいな」
ボクの言葉を、ボクと目を合わせて聞いていたエーファちゃんは、自らの袖で、勢いよく涙を拭いました。その行動に、ボクはエーファちゃんの頬から手を離して、様子を見守ります。
「……約束だ。絶対に、会いに来い」
お返しとばかりに、エーファちゃんはボクの頬に両手を当てて、挟み込んできました。小さな手が、ボクの頬を包んで、とても暖かいです。
「うん。約束するよ」
ボクのその返答を聞いて、エーファちゃんの顔が、ボクに接近してきました。突然の事に、ボクはただ、成り行きを見守るだけです。頬を押さえられているボクに、エーファちゃんがどんどん近づいてきて、そしてついに、唇と唇が、重なり合いました。
「────!」
声にならない、レンさんとユウリちゃんの叫び声が聞こえて来ます。
すぐに唇は離れ、キスはほんの数秒だけだったけど、とても深く、エーファちゃんを感じました。思えば、エーファちゃんとのキスは、これで2回目です。1回目は、偶然そうなってしまっただけだけど、今回は明らかに、エーファちゃんの意思があります。
「決めたぜ。オレはネモを、嫁にする!」
その発言は、その場にいる皆を巻き込んで、波乱を呼びました。ユウリちゃんと、レンさんは勿論、ロステムさんもパニックです。特に、エーファちゃんの父親であるおじさんの取り乱しようは、凄かったです。メリファさんは、何故か肯定的だったけど……パニックに便乗して、どこからともなく現れたアンリちゃんが、面白がって周囲を飛び回り、パニックを扇動します。
「にひひ」
そんなパニックを呼び起こした本人は、ボクを見て笑顔で笑っていて、少し照れているのか顔は赤いけど、堂々としたものです。
「え、えぇー……」
ボクも、ようやく思考が追いついてきて、エーファちゃんの突拍子のない行動と、発言に、戸惑いました。友達という話は、一体どこへ行って、どうしてそうなったのか、全く分からない。
でも……エーファちゃんが笑顔だから、いいかと思いました。




