まだまだ
すっかり人が変わってしまったズーカウとの出会いは、衝撃的でした。一体、何があったら、あそこまで変わる事ができるんだろう。
「ネモさん、だいじょぶ?」
お墓からの帰り道は、アンリちゃんも一緒です。運転席に一緒に座り、ぎゅーちゃんが引く馬車に揺られながら、夜道を進んでいきます。
隣に座るアンリちゃんが、ボクの顔を覗き込むようにして、尋ねて来ました。
「う、うん。ちょっと、驚いただけだよ。ズーカウが、まさかあんな風になってるとは思わなくて……」
「そうだねぇ。ズーカウも、本当は解放される事を、望んでたのかもしれない。あんな暗く狭い所に、千年も閉じ込められてたら、誰だって嫌になっちゃうよ」
「……うん」
その反動で、ああなってしまったのなら、納得はできるかもしれない。あんな所に千年間……絶対に、嫌だよね。
とはいえ、解放された時は、なんだかやる気満々で、悪役そのものだった気がする。何もなければ、とんでもない悪事を働いていたかもしれないと、思います。
真意はともかくとして、ズーカウは変わった。今のあの人は、もう誰かを傷つけるような事はしないと思う。そもそも、魂だけの状態になったズーカウが働ける悪事って、限られている気がするけどね。
「ライチェスの儀式剣、どうしようか」
そんな、ズーカウの魂をこの世に引き留めている、ライチェスの儀式剣。コレがある限り、ズーカウの魂は、この世から解放される事がない。
元々は、アンリちゃんの魂をこの世につなぎとめていた物だけど、今はズーカウと入れ替わっている状態です。
「んー、そのままでいいと思うよ。ズーカウも、今が楽しいみたいだし、それがあってもなくても、彼がする事は変わらない。死者達との約束もあるしね」
そう言って笑い、アンリちゃんはゆっくり進む馬車の周りを浮遊して、落ち着きなくうろうろとし始めました。その行動に、特に意味はない。ただ、そうしたいから、そうしているだけだ。
そんなアンリちゃんは、何かやりたい事はないのかな。ふと、そう思いました。
ライチェスの儀式剣からは解放されたものの、イリスがいなかったら、とっくに成仏しちゃう所だったからね。イリスの力によって、この世に留まっているアンリちゃんは、今度はイリスから離れられなくなり、別の意味で囚われている状態にある。そういう事情もあって、アンリちゃんはボク達と行動を共にし、旅にも付き合ってくれている。
「アンリちゃんは、何かしたい事って、ないの?」
「ん?」
「え、えと……せっかくライチェスの儀式剣から解放されたのに、ボク達と一緒に旅に出る事になって、良かったのかなって、思って……」
「うーん……」
アンリちゃんは、呻りながら、馬車の天井の上に着地して、しばし考えこみます。
「ないっ」
そして、きっぱりとそう言い切りました。
「えー……」
「だって、今までとあんまり、変わらないもん。イリスさんから離れられないって言っても、一定の自由はあるからね。こうして、一人で死者たちの下を訪れて遊んでもらう事もできるし、本当に、今までと何も変わらないんだ。加えて、ネモさん達と楽しくお話ができて、その上のんびりと旅なんかもできて、ボクは今が凄く楽しい。まだまだ、あの世になんかいけないよ。うん」
「そ、そっか」
それを聞いて、ちょっとだけ安心しました。
「まだまだ、これからも驚かしていくから、よろしくね!」
そう宣言して、ボクの眼前に逆さ吊りの状態でアンリちゃんに、ボクは呆れます。どうやら、先ほどの事を、もう忘れてしまったらしい。
「アンリちゃーん?」
「ぎゅー?」
「だ、大丈夫だよ。節度は、守るから」
そういうアンリちゃんだけど、凄く怪しい。本当に、守るつもりがあるのかな。というか、驚かすのはやめないんだね。
まぁ、これがアンリちゃんなので、とやかく言っても仕方がないです。
「そ、それじゃあボクは、もうじき人通りが多くなりそうだし、姿を消しておくよ」
アンリちゃんは、そう言って逃げるように、姿を消しました。
アンリちゃんの言う通り、辺りはいつの間にか、来るときに不気味だと感じていた場所を抜け、建物がぽつぽつと見え始めています。来るときは、あれだけ怖がって通ったのに、帰りは全くそんなのを感じなかった。不思議です。
「……良い匂い」
夕飯時という事もあって、辺りの家々からは、良い匂いが漂ってきています。皆、お仕事や学校が終わり、家に帰って来て、これからご飯なんだね。そう考えると、ボクも早く皆の下に帰って、ご飯を食べたくなってきました。
思えば、お昼を食べていないんだった。それを思い出したら、周囲の良い匂いもあって、お腹がなり、空腹を知らせて来ます。
「ぎゅー」
ボクの気持ちを察してか、馬車を引っ張るぎゅーちゃんの足が、少しだけ速くなりました。いや、もしかしたら、ボクと同じ気持ちなのかな。皆の下に戻りたくなって、だから速くなったのかもしれません。




