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会ってほしい人


 でも、ぎゅーちゃんは特に、問題ないようだ。

 握りつぶされた触手を、本体についた根元からポロっと外れて落とすと、その触手は陸に打ち上げられた魚のように、地面を跳ねてから動かなくなりました。そして、煙が立ち上がったかと思うと、触手は炭となり、その姿を消しました。

 その触手が生えていた個所からは、新鮮な触手が、伸びて出てきて、一瞬にして生え変わり、元通り。


「ぎゅ!」


 生え変わった触手で、ボクに大丈夫だとアピールするように、頬を撫でてくるぎゅーちゃんだけど、生暖かいし、よく分からない緑色の液体で濡れていて、正直少し気持ち悪いです。


「あはははは。キモー。ぎゅーちゃん、キモー」

「ぎゅぎゅー!」


 アンリちゃんに、そんな触手の生え変わりを、キモイと言われたぎゅーちゃんが、怒っています。お前のせいだろうと、言っているんだと思う。


「アンリちゃーん?」


 ボクも、ぎゅーちゃんに加勢する形で、アンリちゃんに怒りを向けます。

 本当に、本気で心臓が飛び出るかと思ったんだからね。普段の、普通の生活の中で驚かされるなら、まだ良いよ。そこまで、驚きはしません。

 でも、今の状況を見てよ。物音1つたてるだけで、身体がビクッとなるような、そんな状況だよ。そこに、いきなり大きな声を出されたら、誰だって驚く。もしもボクがノミの心臓の持ち主だったら、死んでるよ。死んで、アンリちゃんの仲間入りだよ。


「ご、ごめんごめん。そんなに、怒らないでよ。ネモさんって、本当に脅かし甲斐があって、最高だよね。てへっ」


 舌を出して、悪戯っ子のように言うアンリちゃんは、可愛い。でも、騙されちゃいけない。アンリちゃんは、男だ。

 それに、こんな事を何度も続けられていたら、ボクの心臓が持ちません。だから、ボクがいかに怒っているかを、しっかりと伝えなければいけない。


「……」

「あ、あれ?ネモさん?ネモさーん?」


 その手段として、ボクはアンリちゃんから目を背け、黙り込みました。


「ありゃ、怒っちゃった……。さすがに、やりすぎたかな」

「ぎゅー!」

「ぎゅーちゃんまで!?ごめんって、二人ともー。可愛いボクに免じて、許してよー」


 もう、その謝り方が、反省してないよね。触手を潰される原因を作ったアンリちゃんに対して、ぎゅーちゃんも、ボクと一緒に怒っています。潰された上に、キモイとか言われたら、そりゃあ怒るよね。


「お願い、許してよー。ちょっと会ってほしい人もいるのに、これじゃあ話が進まないよー」


 アンリちゃんはそう言って、ボクの身体をすり抜けたりしながら、ボクの反応を伺ってきます。凄く、鬱陶しいです。でも、ここで反応したら、負けだ。


「……ねぇ、お願いだよ、ネモさん。ボクにそんな態度をとってると、ネモさんの身が危ないんだ」


 突然、アンリちゃんがボクから離れて、ボクの正面でボクに背を向け、宙にぼんやりと浮かんで立ちました。その声色は、先ほどまでのふざけた様子ではなくなり、暗い声色です。


「ぼ、ボクの……?」

「そうだよ……ここが、どこか分かってるの?」

「え、えと……」


 土地勘もなく、暗いので分からない。ボクはただ、ぎゅーちゃんに導かれ、アンリちゃんがここにいると言われて、ついて来ただけだから。


「ここはね。大勢の、死者が眠る場所。墓場だよ」


 アンリちゃんが、そういった時でした。それまで、雲で隠れていた月が出たのか、辺りが一気に明るくなりました。差し込んだ光は、辺りを不気味に薄く照らし、暗闇ではなくなります。ただ、浮かび上がった光景は、レンさんや、ディゼルトが見たら、発狂して叫びそうな、そんな光景が広がっていました。ボクですら、思わず唾を飲み込んで、ちょっと緊張してしまいます。

 月明りで浮かび上がったのは、アンリちゃんの言う通り、墓場です。薄暗く照らされた、数々の墓標は、新しい物もあれば、古い物もある。お供えが、しっかりとされていて、お花が飾られている物もあれば、放置されているのか、廃れたお墓もあります。月の光は、そんな、死者たちが眠っている証を、ボクに見せつけるように、照らし出したんです。


「えと……どうして、お墓でアンリちゃんを無視してると、ボクの身が危ないの?」

「だって、可愛いボクは、死者たちのアイドルだもん。そんなボクを敵に回したら、死者たちが怒って、ネモさんに手を出しちゃうかもしれないんだ」


 そう言って、不気味に首を曲げて振り返ったアンリちゃんが、ニコやかに笑いかけて来ました。

 その背後に、一瞬大勢の死者たちが浮かび上がった気がしたけど、瞬きをした次の瞬間には、消えていました。それは、幻だったのか、現実だったのか、ボクには分からないけど、別にどうでもいいや。


「帰ろうか、ぎゅーちゃん」

「ぎゅー」

「あれ!?ええっと、ボクの話聞いてた!?」

「……」


 反転し、馬車を走らせ始めたボクとぎゅーちゃんを、アンリちゃんが慌てて追い抜いて、行く手に浮かんで立ちます。だけど、構わず馬車を走らせ、完全に無視します。


「ふえーん。本当に、ごめんなさい。心から謝るよぉ。だから、許してぇ」


 アンリちゃんが、目に涙を浮かべ、必死に謝罪の言葉を口にして来ました。どうやら、本当に反省して、ちゃんと謝ってくれているみたいだ。


「はぁ……今回だけだからね」

「わーい。さっすが、ネモさん。話が分かるね、このこのー」

「ぎゅー……」


 アンリちゃんは、溢れそうだった涙を引っ込めると、ボクを肘で小突いてきました。幽霊だから、小突かれている感触はないけども、態度が急変しすぎだよ。

 そんなアンリちゃんに、ぎゅーちゃんが呆れて呟いています。本当に、反省しているかどうかは、怪しい所だけど、仕方ない。コレが、アンリちゃんだからね。


「それで、こんな墓場に、一体何の用事だったの?」

「そ、そうだった……」


 何で、こんな時間に、こんな所に来たのか、アンリちゃんのせいですっかり忘れていたよ。


「実は、今日も村を出て行けなくなって、今日の宿なんだけど、友達の家に泊まらせてもらう事になったんだ」

「エクスさんの、妹ちゃんの家だね。了解、了解」

「し、知ってたの?」

「うん、まぁ、姿を消して、一応様子だけ見させてもらったからね。見てなくても、ボクからネモさん達が逃れる事は、できない。だから、放っておいても平気だよん」

「う、うん……」


 分かってはいたけど、心配だから、一応知らせようと思って来ただけなんだけどね。


「──でも、ありがとう。来てくれて、嬉しかったよ」


 歯を見せて、嬉しそうにニカッと笑いかけてくれるアンリちゃんを見たら、来てよかったなと思えます。

 悪戯好きで、困った所もあるけど、素直で良い子だからね。だから、許せてしまうんだ。


「それと、さっきも言った、会ってほしい人についてだけど……ちょっと、いいかな?」


 そういって、また別の種類の笑顔を見せるアンリちゃんは、元の悪戯っ子の顔に戻っていました。


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