お姉さん
アルテラさんの言う通り、エーファちゃんとロステムさんは、もう心配なさそうだ。少し、2人きりにしてあげようと思い、ボクと、ボクが抱いているイリスと、アルテラさんは、洞窟の外へと出て来ました。
外に出ると、世界はもうじき日が暮れようとしていて、辺りの木々を、赤く染めていました。それは、ここまでそれだけの時間が掛かってしまったことを意味しています。本来なら、ジェノスさんを追って、もうとっくにこの村を出ているはずなのに、これではもう一泊、確定である。ただでさえ、スロースペースなのが、更にスロースペースで、本当に追いつく気があるのか、疑問を浮かべる自分がいます。
「日、暮れちゃいましたね……」
「そうだね……」
洞窟の入り口の横で、ボクとイリスは壁を背中にして、隣り合って座っています。ボーっと、赤く染まる木々を眺めながら、呆けて過ごし、2人を待っている所です。
イリスの格好は、相変わらずボクの上着一枚を、羽織っただけのような状態だ。足を組んでイスに座っていた時もそうだけど、けっこう危ない所が見えてしまいそうになっている。
そんなイリスの今の格好を、もしメイヤさんが見たら、喜んで襲ってくるんだろうなぁと、ボクはディンガランでの生活を、早くも懐かしんで、想像しちゃいます。
「予定では、とっくに村を出ているはずでしたよね」
「そうだね……」
「ユウリや、ロガフィはどこに?」
「イリスを探しに、どこかに行っちゃったよ。ロガフィさんは、タオル一枚のままで」
「だ、大丈夫なんですか、それは」
「ユウリちゃんがついてるから、たぶん平気だよ」
「そうですか……」
ボクとイリスの会話は、そこで途切れました。心地よい沈黙がやや流れると、そんな沈黙の中に、すすり泣く声が聞こえて来ました。
「ぐすっ。うぅ、うう……うぅおぇ、っく」
その泣き声の主は、ボク達とはやや離れて座っている、アルテラさんです。
アルテラさんは、2人と別れた後から、ずっとこんな調子で泣いている。意外にも、涙が出やすい性格のようで、エーファちゃんとロステムさんの絆に感動して、涙が止まらないらしい。
イリスに加え、アルテラさんも抱いて連れてきて、今に至ります。
「だ、大丈夫ですか……?」
「あ、あぁ……ぐすっ。だいぶ、落ち着いたよ……いや、良い物を見させてもらったよ。サキュバスでありながら、自分を受け入れてくれた人たちを好きになってしまったロステムさんは、きっとこれからも、エーファさんを大切に、見守ってくれるだろう。うぅっ!」
そこまでいって、アルテラさんはまた、口を押えて泣きました。全然、大丈夫じゃないです。
「ところで、アルテラ。貴女、私の正体を知っているようでしたね。もしかしたら貴女も、人ではないのでは?」
「は、ハーフフェアリーだよ」
ステータス画面で確認したので、ボクは知っています。イリスの問いに、ボクが答えてあげると、イリスは納得した様子です。
「なるほど。ハーフフェアリー……妖精の血が混じっているんですか。人間嫌いの種族のはずですが、よく人との子を作りましたね」
「その通りだ……。さすがに、目を見せすぎたかな?」
確かに、何度か見た事はある。だけど、ボクが分かったのは、その目のおかげではなく、ステータス画面で覗かせてもらったからだ。話がややこしくなるので、この事は黙っておくけどね。
「私の父は、妖精族の、それなりに偉い方でね。少し変わっている方で、父は人を嫌ってはいなかった。私はそんな父から、この妖精の目を受け継いでいる。それ以外は、人と同じだよ」
アルテラさんはそう言って、泣いて赤く腫らした目を、前髪をかきわけて見せてくれました。やっぱり、凄くキレイな瞳だ。青く輝くそれは、夕暮れの赤にも負けないくらい、輝いて見えます。
「妖精の目には、見通す力がある。貴女はその目で、対象がなんの病気にかかっているのかを見抜き、治療する力を持っている、という訳ですね」
「その通りだ。私はこの力のおかげで、賢人医師会に入る事ができた。それに……リツの命を救う事も、できたんだ」
「り、リツさんの、命を?」
「そうだよ。リツと私は、私が賢人医師会に入ってすぐに、出会った。リツは当初、酷く痩せ細り、物が食べられず、栄養失調の状態にあった。原因が分からず、医者からは見捨てられた状況にあり、そこで賢人医師会である私に頼って来たのだ。最初は、何も知らずに治療に当たったのだが……病態をこの目で確認したところ、私と同じ血筋が流れているのを感じて、驚いたよ。この目は時として、意図しない物も、見えてしまう。その、意図しない物が、私とリツを引き合わせたのだ」
リツさんが、そんな状況にあったなんて、今の元気な姿からは、想像もできない。今のリツさんは、むちむちで、男の人から見れば、たまらない体つきをしている。安産型とでもいうのかな。そういう体系も、ボクは大好きです。
話がずれました。とにかく、今は元気そうで良かったよという事だ。
「病気自体は、私の手でなんとかなる物だった。しばらくして治療が終わり、私はすぐに、両親を問い詰めた。リツは父子家庭で、リツの父にも話を聞いたよ。すると、やはり私とは、父親違いの姉妹である事が判明した。何も聞かされていなかったので、それは驚いた。リツも、同じだっただろう。なんの因果か、私たち姉妹はそうして、出会ったのだ」
「出会って、そこからは姉妹仲良く人々の病を見て回る仲にまでなった、という事ですか。それは結構な事ですね」
イリスが言うと、何故かトゲを感じるんだよね。普通に言っているだけだとは思うんだけど、不思議です。
「そうだな。仲は、良いと思う……だが、私が命を助けたリツは、それから私に憧れを抱くようになった。私を姉として、師匠として慕い、私と同じ賢人医師会に入りたいと、猛勉強を始めた。私も、それを手伝ったよ。だが、リツは私に憧れるあまり、私の口調まで真似るようになり、いつしか私は、リツの人生を狂わせたのではないかと、心配するようになった。本来リツは、凄く明るくて、人懐っこい話し方をする子なんだ。ところが今は、口調もまとまっていなくて、中途半端になる事が多い。ちなみに素のリツは、凄く可愛いんだぞ」
そう言って、困ったように笑うアルテラさんは、妹を心配する、1人のお姉さんです。




