ぎゅーちゃん
主砲がなくなった事を確認したボクは、その場にうずくまり、何もやる気がおきなくなってしまった。昔から、女っぽいと苛められていたのがコンプレックスだったのに、本当に女の子になっちゃったよ。それに、ここはエロゲの世界。女の子がどんな目に合わされるのか、考えただけでもおぞましい。
あ、でもここ、エロゲの世界──モンスタフラッシュの世界なんだよね。モンスタフラッシュは、RPG要素の強い、エロゲだ。キャラクターにはレベルやステータスがあるはずだけど……。
「わっ」
そう思うと、目の前に半透明の、ステータス画面が浮かび上がった。そこには、多分、ボクの全体画面と、HPやMPと言った基本的な情報が載っている。
名前は……ネモ。種族は、人間。職業村人。レベル1。うーん……やっぱり、初期からスタートか。
それにしても、コレ、本当にボクなんだよね?そこに映るボクの姿に、ボクは見惚れてしまう。
髪の毛は、目にかかる所で切りそろえられていて、色は黒。後ろ髪は腰まであって、その先端も切り揃えられているみたい。触ると、本当にサラサラで、気持ちが良い。胸の辺りまで垂れた横髪は、ちょっとくすぐったくて鬱陶しいけど、これはこれでサラサラとしていて気持ち良いかも。顔は、くりくりとした目に、ぷっくりとしたピンク色の唇。全体的に顔は小さく、可愛らしい動物みたい。でも、納得が行かないのは、その顔が前のボクとあまり変わらない事かな……髪型が変わるだけでここまで印象が変わるなんて、女の子みたいだとバカにしてきた子達の気持ちが、ちょっと理解できてしまう。更に、女の子になったというのに、背が前より大きくなっている事が、納得行かない。
画面で改めて見ても、その胸は小さい。全体的にスレンダーで、凹凸は少なく、モデル体系のようだ。
それにしても……服がボロイ。まるで、奴隷が着るような服は、隠せる場所が少ない。2枚の布を前後から挟み、紐で繋いだだけの服は、本当に心もとない。横から見たら、多分見えちゃうよね、コレ……。
そういえば、イリスティリア様もこんな服を着てたっけ。イリスティリア様は胸が大きいから、ボクのコレとはまた違い、凄い光景だったな。もう一度見たいかもグヘヘ。
おっと、ダメダメ。今は、それどころじゃないよね。他には、何か……アイテムとか、ないのかな?
考えるだけで、また、目の前に半透明の映像が現れた。そこには、アイテム一覧と書かれていて、リストがあるけど、何もない。何も持っていないという事かな。おまけに、所持金0Gと書かれている。Gは、この世界のお金の単位だ。
うーん。コレは、けっこうマズイ状況なんじゃないかな。何も持たず、所持金ゼロでレベルは1。きっと、あの露出狂行き遅れ風ファッション眼鏡おばさんの、嫌がらせだ。ボクを、あんな目や、こんな目に合わせるつもり満々で、放り込んだんだ間違いない。
路頭に迷ったボクは、気配を感じて立ち上がった。それは、人じゃない。暗闇の奥から、ズルズルと引きずるような音と共に現れたのは、丸い、球体の化物。球体には目がなく、代わりに大きな口が付いている。球体の隙間からは、所々に触手を生やしていて、うねうねと動きながら良い匂いのする液体を撒き散らしているみたいだ。大きさは、軽く5メートルは超えている。
え、えと……相手の情報は、と。冷静に、情報を確認。画面に目を通す。
「モルモルガーダー。レベルは、79。洞窟の主。その昔、国を一つ破滅させた事のある、伝説級の魔物。身体から媚薬を撒き散らし、それを食らった獲物は脳を溶かされるような快楽に襲われる。耐性がなければ、匂いを嗅いだだけでも、同等の効果がある、か。レベル79かー……レベル1のボクが、勝てる訳ないよなぁ」
どうしよう。て、決まっている。ここは、逃げるべきだよね。
背中を向けて、駆け出そうとするボク。そんなボクの足を、モルモルガーダーの触手が掴んで来て、ボクは転んでしまった。
「ぎゃふん!」
顔面を地面に叩きつけてしまった。痛いよ。
更に、ズルズルト引きずられて、モルモルガーダーに引き寄せられていく。
「ひゃあ!」
そこへ、別の触手がボクに向かい、甘ったるい液体をかけて来た。服や、髪の毛。顔にもかかってしまった。うう、ベトベトする。でも、甘くて良い匂いだ。試しに、顔にかかった液体に舌を伸ばして舐めてみると、アイスみたいに甘くて美味しい。引きずられながら、ボクはその味を堪能。
「おいひぃコレ~。ちゅ……ん、はぁ~」
でも、だよ。ボクを転ばせて、痛い目に合わせたのは、許せない。
ボクは、ボクの足に絡み付いていた触手を引きちぎると、空へジャンプ。モルモルガーダーを飛び越えて背後に立つと、生えている触手に向かって連続でパンチを繰り出し、全ての触手を一瞬にして消滅させた。
そして、完全にただの球体になったモルモルガーダーを、ボクはサッカーボールのように蹴り上げる。と、彼は天井に突き刺さり、少しして落ちてきた。手加減したので、まだ死んでいない。もう一度、いっとこうか。ボクは、足を振り上げ、構えた。
「ぎゅう!」
すると、モルモルガーダーは突然、ボクに向かって頭を低くし、謝罪の意を示してきた。いや、どこが頭なのか全く分からないけどね。たぶん、そういう事だと思う。
「謝ってるの?」
「ぎゅう!ぎゅー!」
言葉が通じてるのかは分からないけど、頷いている気がする。
うーん。ボクとしても、別に謝ってくれるなら、それでいい。あの液体、美味しかったしね。しょうがない。今回だけは許してあげよう。
「でも、もう悪さはしちゃダメだからね!」
「ぎゅ!」
「よろしい」
「ぎゅーべっ」
和解が決まったところで、モルモルガーダー……長いなコレ。ぎゅーちゃんでいいか。ぎゅーちゃんが口を大きく開き、何かを吐き出した。
「ぎゅー!」
「え、くれるの?あ、ありがとう……」
それを、身体でボクの方に寄せてくるから、たぶんそういう事。でも、涎まみれで臭くて鼻が曲がりそうで、持って帰りたくない。
そうだ。アイテムストレージにいれられるのかな?でも、どうやっていれるんだろう。分からないけど、とりあえず、勇気を振り絞って、それに触れてみる。その瞬間、アイテムをストレージにいれるかどうかの、選択肢が目の前に現れた。答えは、イエス。すると、それが消えて、ストレージに一つ、アイテムが追加された。
「えーと……ウルティマイト鉱石、か。いいアイテム、なのかな?よく分からないや。ま、いいや。とりあえず、アイテムゲットー」
「ぎゅー」
一緒に喜んでくれるぎゅーちゃんだけど、彼、レベル79だよね?何でレベル1のボクが勝てたの?今思えば、この身体は、勇者だった時のボクと、同等の力を持っている。レベルは1だけど、力は勇者の時のボク……はは。よく分かんないけど、良かった。
「ねぇ、ぎゅーちゃん。ボク、洞窟から出たいんだけど、出口を知らない?」
「ぎゅぎゅー!」
ボクの問いに、元気良く跳ねて駆け出すぎゅーちゃん。付いて来いと言っているみたい。ボクは、その後を追った。




