こっちにおいといて
どうやらロステムさんは、なかった事にしてやり過ごそうとしているみたいだ。でもボク達は、窓からイリスに泣きついている姿をしっかりと目撃済みで、ごまかしようがありません。
「……」
そんなロステムさんに、何て話しかければ良いんだろう。先ほどの姿の事を、直接聞いてもいいものなのか、それとも黙って話を合わせてあげるのが優しさなのか……悩みます。
「なに誤魔化そうとしてんだよ、ロステム。何で泣いてたんだ。このクソガキに、何か嫌な事でもされたのか。だったらオレが、ぶっ飛ばしてやる」
「はうっ!?」
エーファちゃんは、そんなのお構いなしに、そう言ってイリスを睨みつけました。
それに対して、ロステムさんはせっかく直した表情を、また崩しました。エーファちゃんは、そんなの全く気にしない。イリスが、ロステムさんを泣かせたのかと尋ねた事により、ロステムさんは精神的なダメージを受け、イリスは頭を抱えるというリアクションを見せます。
「ロステムさん。エーファさんは、貴女の正体について、元から知っていたようだ。だから今更誤魔化す必要はないから、姿を隠す必要もない」
「も、元から知っていた!?それはどういう事ですか!?」
アルテラさんの指摘に、ロステムさんは即、変身を解きました。胸が膨らみ、若返り、サキュバスらしい、色気溢れる姿になります。
こちらの方が、目も優しくて、ボクは好きだな。あと、色々と目の保養になります。
「今はそれより、ロステムが泣いてた理由だ。お前がロステムを泣かせたなら、タダじゃおかねぇ」
エーファちゃんはそう言って、イリスを睨みつけました。本気で怒っている様子のエーファちゃんは、イリスの返答次第では、本当に殴りかかってしまいそう。だけど、ボクには確証がある。イリスが、ロステムさんを泣かせる訳ないよ。というか、泣かせられないよ。口は悪いかもしれないけど、イリスにそんな力はないからね。
「ち、違います、エーファお嬢様。イリス様には、何もされていません。ただ、相談に乗ってもらって、それで私が勝手に泣き出してしまったんです」
「相談、だと?このガキに?あと、様って……なんで様なんてつけんだよ。やっぱりおかしいぞ」
「え?だって、先ほどご自分で、言ってたじゃないですか。女神様だって。それ、本当です。女神の力は失っているようですけど、この方は正真正銘、女神イリスティリア様です」
ロステムさんは、イリスの正体を見破ってみせた。今のイリスの正体を見て、そう見破って見せたのは、2人目だ。もう1人は、ディンガランの聖女様である、ラクランシュ様で、2人目はロステムさんとなる。
よく、こんなイリスの姿を見て、正体が分かるなぁと、ボクは感心しちゃいます。本来の姿を見ているはずのボクですら、近頃はイリスの正体について、よく忘れちゃうくらいだからね。
「な、何言ってんだよ、ロステム。このガキが、イリスティリア様って、そんな事ある訳ねぇだろ」
「いえ、本当です。イリス様は、イリスティリア様です」
そんな事、いくらロステムさんが言ったとしても、エーファちゃんが簡単に、信じる訳がないよね。というか、信じられないよね。ボクも、エーファちゃんの立場にいたら、信じないと思う。でも、事実だ。
ロステムさんの目には、聖女様同様に、そう分かるように目に映っているのかもしれないけど、エーファちゃんの目には、ただの幼女にしか映っていない。ボクの目にも、同じようにしか映っていない。そんなボク達に、イリスが自分がイリスティリア様であると、証明してみせる力もない。
結果として、ボク達の目の前にいるこのイリスは、女神様などではなく、偉そうにイスにふんぞり返って座っている、ただの幼女にしか見えません。
「彼女の、言う通りだ。この子は……いや、この方は、女神様だよ。私も、証人になろう」
そう続いたのは、アルテラさんだ。アルテラさんも知っていた事には、驚きです。でも、冷静に考えれば、アルテラさんの目には特別な力があるようだし、ハーフフェアリーというアルテラさんの種族を考えれば、その特別な力でイリスの正体を見破れても、不思議ではないのかもしれない。
だけど、どうして今更……知っていたのなら、もっと早く言ってくれてもいいのに。
「貴女も、知っていたんですか。ふ。まぁいいです。だったら、二人とも私の前に立ち、私を見下ろすのは不敬ですよ。跪いて、頭を垂れなさい。良い子にできたら、足を舐め……いえ、それは止めましょう」
過去に、足を舐めろといって、ユウリちゃんにベトベトになるまで足を貪られた事のあるイリスにとって、それはトラウマな出来事だ。言いかけて、途中でやめました。
見ていただけのボクも、あの時のイリスの足を美味しそうに頬張るユウリちゃんを思い出すと、ちょっと怖いです。
「……」
「ん。何をボケっとしているんですか。早く、跪きなさい」
一方で、跪けと言われたアルテラさんと、ロステムさんは、一向に跪きません。さすがに、女神の力を持っていない、今のイリスに向かって跪いたりする気には、なれないようだ。
それでいいよ。そんな事したら、イリスが調子に乗るに決まってるからね。
「まぁ、イリスさんの正体はそうだとしておいて、どうして貴女は泣いていたのだ」
「そ、それはそのー……」
ロステムさんは、言いにくそうに、両手の人差し指を顔の前でつつき合い、エーファちゃんを気にして視線を送っています。
「あれ。今私、スルーされました?こっちにおいといてって、されました?」
されたね。ボクはそんなイリスに、小さく頷きました。
「ま、まぁ、いいでしょう。私は心が広い女神なので、許してあげます。……話しなさい、ロステム。貴女は、貴女の行いを、この生意気な小娘に、教えるべきだと、私は思います」
「誰が、生意気の小娘だぁ?」
「まぁまぁ。どうだ、ロステムさん。話して、くれないか?」
「むぉ……」
イリスに突っかかろうとしたエーファちゃんを、アルテラさんが肩に手を乗せて、止めながら言いました。戸惑うエーファちゃんだけど、抵抗は見せず、おとなしくなります。
「じ、実は……コレなんですが」
言いにくそうに口を開いたロステムさんは、同時に、ボク達に向かって、あの赤い石を見せて来ました。




