信頼
それにしても、エーファちゃんはやっぱり、ロステムさんの正体を知っていたんだ。
先導して森の中を歩いて行くエーファちゃんに、どうして知っているのか、それを尋ねるのは、怒られそうで、なんとなく聞きにくい。
「え、エーファ、ちゃん」
「あ?」
振り返らず、エーファちゃんが返事をするけど、ボクは、やっぱり怒られるのが嫌で、続きを口にできません。
「な、なんでもない、です」
「……」
そんな事を、何度か繰り返しました。何度かと言っても、たったの3回くらいだけどね。全部同じ会話で、結局はボクは、話を切り出せずにいます。
すると突然、エーファちゃんが立ち止まりました。更に、振り返るとボクを睨みつけて来ます。
「え、えと……」
「聞きたい事があるなら、聞けよ。うじうじされる方が、オレは嫌いだ」
エーファちゃんは、それだけ言うと、再び前を向いて歩き出しました。
何故か不機嫌そうに、大股で歩くエーファちゃんだけど、つまり、聞いてもいいよっていう事なのかな。不機嫌そうな様子は、照れ隠しなのかもしれない。
「じゃ、じゃあ……エーファちゃんは、どうしてロステムさんの正体を、知ってたの?」
「……ロステムは、オレの目の前で変身して見せたり、オレに詰め寄る男を、目で見て魅了して、ヘロヘロにさせて追い返した事もあった。変身するのを忘れて、一日中若返ったキレイな女の姿で過ごしてたこともあったな。それで気づかない方がおかしいだろ」
「そ、そうだね……」
そんなのを目撃して、普通の人だと思って過ごしていたら、それはもう、何かの病気だよ。
それにしても、隠す気がないくらい、隙だらけだね。もし、エーファちゃんが、ロステムさんはサキュバスだとバラしたら、村の衛兵に殺されてしまうかもしれないと言うのに……。いや、相手はサキュバスだ。むしろ捕まって、あんな事や、こんな事になってしまうかもしれない。
「いや、そりゃあ、オレも最初は驚いたけどな。だけど、ロステムは悪い奴じゃねぇ。それだけは、オレが保証する」
「エーファさんは、ロステムさんを信頼しているのだな」
「……」
エーファちゃんは、アルテラさんにそう言われたけど、それに対して、返事をする事はありませんでした。
「だが、相手はサキュバス。人間からしてみれば敵であり、人に危害を加えないという保証は、どこにもない。つまり、イリスさんが無事だという保証も、ない」
「っ……!」
そうだ。サキュバスに浚われたイリスは、今頃酷い目にあっているか、或いは既に、殺されてしまったり……そう考えると、ボクはいてもたってもいられなくなり、頭を抱えます。
「だから、勝手な事を言うんじゃねぇ!ロステムは、そんな奴じゃねぇから、そんな心配をする必要はねぇんだよ!」
それに対して、怒ったエーファちゃんが、ボクに詰め寄ってきます。どうして、ボクに?言ったのは、アルテラさんだよ。
理不尽な怒りをぶつけられて、ボクは悲しいです。
「と、とにかく、大丈夫だから、心配すんな」
エーファちゃんは、ボクが悲しげな顔をしたのを見て、引き下がりました。そして、ちょっとトーンダウンして、再び歩いていきます。
「ところで、今我々が向かっているのは、どこなんだ?」
「ロステムは、何日かに一度、オレの枕元の石をもって、どこかへ出かけていく。オレは何回か、それについていった事があるんだ。そこにあったのは、ただの洞窟だ。中を見ても何もなかったけど、ロステムはそこで、何かをしている」
「そこでロステムさんが何をしているのか、君も確かめたいのだな?」
「……ああ」
「なるほど。君は、ロステムさんが悪い人ではないという、確証を求めているのか」
アルテラさんは、そういって、1人で頷いています。どうやら、何かに納得いった様子で、満足げです。
それからしばらく、エーファちゃんの案内で森を進んでいき、ようやく目的の場所へと辿り着きました。それは、森の中に突然現れた洞窟で、木々に隠れていて、普通に通りかかっただけでは、まず気付きもしない場所にありました。
「ここだよ。ここが、ロステムが夜中にこっそり訪れる、洞窟だ」
中を覗くと、緩やかな坂道になっていて、地中へと吸い込まれるように、道が続いているようです。奥の方は暗くて全く見えないけど、割と広そうで、頭をぶつけたりはしないで済みそうだ。
一応マップ画面を開いて、奥を確認してみるけど、けっこう奥まで続いている。だけど、道はほとんど一直線なので、迷う事はなさそうだ。
「ここが……」
「あ」
早速洞窟に入ろうとした直前で、エーファちゃんが何かを思い出したように、声を上げて止まりました。
「どうした」
「あ、灯りを忘れた……」
灯りは、洞窟探検には不可欠だ。
でも、ボクのアイテムストレージには、魔力結晶鉱石とか、光源になり得る物が、複数ある。だから、問題はない。
「洞窟は、けっこう続くのか?」
「かなり……」
「ここは、私に任せてもらおう」
そういって、右手の人差し指を掲げたアルテラさんの指先が、光り輝き始めました。それは、簡単な魔法の一種だ。光の魔法の一種だね。簡単で、単純な魔法だけど、こういう場面では凄く役にたつ。
「すげぇ!」
それを見て、エーファちゃんが目を輝かせ、はしゃいでいます。
そういう所は、本当にイリスとよく似ているなぁと、思いました。




