壊しなさい
ベッドボードの乗っている石は、石と言うよりも、宝石に近い物です。加工はされていないのか、形は歪だけど、とてもキレイだ。
赤く輝き、その輝きはどこかで見た事がある気がします。思い出せないけど、何かこう……凄く魅力的だった気がする。
「あの石は、どこで手に入れた物ですか?」
「確か……何年か前に、エクスぼっちゃんが、エーファお嬢様にプレゼントした物ですね。お嬢様も、とても気に入って大切にしているようです」
「なるほど。では、ネモ。アレを壊しなさい」
「ええ!?」
今の話を聞いたうえで、どうしてそうなるのさ。イリスのサイコパスな発言に、ボクはドン引きです。
「いいから、壊しなさい。アレは、とても危険な物なんですよ。下手をしたら、この部屋の主が死にます。それでいいというのなら、構いませんがね」
「危険……?」
言われてみると、確かに何か、魔法の力のような物を感じる。もしかしたら、呪いか何かの類かもしれない。
「どうしますか、お姉さま」
「……イリスがそう言うなら、危ない物なんだと思うし、それにボクも、何かを感じる。エーファちゃんとエクスさんには悪いけど……ここは、壊しておこう」
ボクは、抱きしめて、動きを制限していたユウリちゃんを解放すると、石に向かって歩み寄りました。
でも、そんなボクの肩を掴み、止めた人物がいます。
「いくらなんでも、壊すだなんて、そんな事を許容する事はできません」
振り返ると、ちょっと怒った顔をした、ロステムさんがいました。怒りを向けられたボクは、怖くなって、ユウリちゃんの後ろに隠れます。再び後ろから抱きしめて、元の形になりました。
「ロステムさん。イリスは幼く、たまにおバカな事を言いだす、とても愚かでどうしようもない我儘なクソガキエルフですが、本当に、こういった気配に関してだけは、敏感なんです。エーファちゃんのためを思うのなら、今すぐにでも、その石を壊すべきだと思います」
「誰が、クソガキエルフですか!褒めるか、けなすかどちらかにしてください!」
「ま、まぁまぁ」
怒るイリスを、ボクが声をかけてなだめるけど、イリスは怒り心頭だ。
「例えそうだとしても、お嬢様が大切にしている物を勝手に壊すだなんて、許可できる訳がありません。私は貴女とは違い、イリスさんとは、今日初めてお会いしただけの関係なのです。そんなイリスさんの言葉を信じて、お嬢様が大切にしている物を壊す許可が、できるとお思いですか?」
「私は、そのお嬢様のために、壊せと言っているんです」
「ですから、そんな事は許可できません。貴女は、私の目から見て、信じるに値しないと判断します。その石に、指一本でも触れてみてください。衛兵を呼んで、貴女達全員、突き出しますよ」
ロステムさんの言葉には、怒気が籠もり、静かに怒っているのに凄い迫力です。
でも、そんなロステムさんの様子には、若干の違和感を覚えます。怒りを通り越して、必死になっているような、そんな気がするんです。
「ふふ」
そんなロステムさんの様子を見て、ふと、イリスが笑いを漏らしました。
「何が、おかしいのですか?バカにするのなら、帰っていただきます」
「いえ……必死なのが、少しおかしくて。そんなに、あの石が大切なんですか?」
「……」
イリスにそう問われて、ロステムさんが黙りました。その目つきが、先ほどまでとは別の鋭さを持ち、イリスを睨みつけます。
「どういう事ですか、イリス。石が大切なのは、エーファちゃん、ですよね?」
「確かに、もしかすると、この部屋の主も、あの石に魅せられているのかもしれません。でも、それはただ、そうさせられているだけなので、そちらはまやかし。本命は、こちらですよ」
「まやかし?本命?」
本命と言いながら、ロステムさんの方を見たイリスに、ボクとユウリちゃんは首を傾げます。意味が分からないので、ハッキリと言ってほしいです。
「言葉で言うより、やってみた方が早いでしょう」
イリスが、そう言った瞬間でした。石へ向かって、猛然とダッシュします。
それに反応したのは、ロステムさんでした。ロステムさんは、人間離れした速さでイリスに追いつくと、その手でイリスの首を掴み取ろうとします。ボクは、同じくイリスに追いつくと、ロステムさんのその手を、掴み取って止めました。
「っ……!」
「ずべっ!」
ロステムさんが、驚愕の表情を浮かべ、ボクを見て来ます。その目は、赤く輝く瞳で、ボクはそれを見て、ある人の目を思い出しました。
ちなみに、ボクがロステムさんの手を掴んで止めた瞬間、イリスが転んで、床に身体を打ち付けました。痛そうです。
「貴女は、何者ですか?」
「……」
ボクは、ロステムさんの問いかけに、黙ります。こちらからすれば、貴女の方が何者ですか、だよ。
今の動きは、確実に人間離れしている。それと、その目。その目は、サキュバスである、ラメダさんの目と、同じだ。




