期待はしないでください
それは、ディンガランを出る前の、町での会話の一幕です。
「──それならついでに、オレの妹に会ってみませんか?」
この村を通って行くと聞いたエクスさんが、ボク達にそう提案してくれました。
話にだけ聞いていた、ボクに似ていると言う妹を持つ、エクスさん。偶然にも、この村がエクスさんの故郷で、この村にその、噂の妹さんがいるみたい。
「絶対に、会います」
それを聞いて、ユウリちゃんは即答でした。決意の籠もった目で、真っすぐに、嫌いなはずの男の人を見て、答えていました。
ボクとしては、先を急ぎたい所だけどでも、レンさんや、ロガフィさんまでも会ってみたいとか言い出して、結局は寄っていくことになりました。
「ありがとうございます!妹は、病気がちで友達も少なく、皆さんが訪れてくれた、きっと喜ぶと思うんです……」
エクスさんは、ボク達に、そう感謝の言葉を述べました。
妹を気遣うお兄ちゃんな姿のエクスさんに、ボクはちょっとだけ、感心します。
「ついでに、胸が大きくなったか見ておいてください。それから、お尻の肉付きも心配ですね!」
でも、やっぱりセクハラ癖はなおっていないようです。女の子の身になって、こんな兄がいたら、ボクだったら嫌だな。そう思います。
「お任せください!私が全てを見ておきます!」
そして、そんなお願いをしたら、一番いけない人にお願いしてしまった事を、この人は知りません。
そんな出来事があって、この村に会いに来た人とは、エクスさんと離れて暮らす、エクスさんの妹さんの事です。
ボクとしても、気にならないと言ったら、嘘になります。ボクに似ていると言う妹さんって、一体どんなだろう。可愛いのかな。それとも、少し大人っぽい感じの子なのかな。自分の容姿から派生させて、色々と想像してしまいます。
「ごめんくださーい」
家の前で、想像に夢を膨らませるボクをよそに、ユウリちゃんがその家の扉を叩きました。
「はい」
すぐに、家の中から返事があり、そして扉の施錠が解かれると、扉が開かれました。
中から出て来たのは、おばさんでした。清楚なロングスカートのメイド服に身をつつんだ、目つきの鋭い人です。顔にシワが目立ち始めている年齢だけど、特に眉間のシワが気になります。凄く怖そうな人で、アニメとかでよく見かける、意地悪な使用人みたいな感じだ。
「どちら様でしょうか」
ボク達を見て、彼女はそう尋ねて来ます。ボクは、怖いのでディゼルトの背後に潜みます。応対は、ユウリちゃんにお任せです。
「こちらは、エクス・バッハルトさんのご実家で、間違いありませんよね?」
「はい。こちら、バッハルト家のお屋敷でございます」
「私たち、エクスさんの紹介で、ディンガランからの旅の途中で、寄らせていただきました。こちらが、エクスさんからのご紹介の手紙になります」
「拝見します」
「はい」
ユウリちゃんが取り出した手紙を、そのメイド服の女性が開き、目を通します。軽く目を通したと思ったら、彼女は一瞬だけ、優しく微笑んだ気がします。すぐに、元のきつそうな表情に戻ったけどね。
「確かに、エクスぼっちゃんからのお手紙のようですね。どうぞ、おあがりください」
少し、態度が和らいだ気がするメイド服の女性に誘われて、ボク達は家の中へと通されました。通された先は、簡素な机とイスの置かれたお部屋で、どうやらこの家の食卓のようです。広々とした部屋には台所があり、良い匂いが部屋そのものに染みついている気がします。
「狭い所で、申し訳ございません。今、お茶を淹れますね」
そういって、台所で作業を始める、メイドさん。彼女は魔法石によって火をおこし、水を沸かす作業に入りました。
「いえいえ、お構いなく。では先に、自己紹介をさせてもらいますね。私は、ユウリと言います」
ボク達は、イスに座らせてもらい、ユウリちゃんが発端となり、自己紹介をする事になりました。イリス以外、全員自分で自己紹介をして、イリスの名前はユウリちゃんが代わりにして、終わりです。
「私は、この家の使用人……ロステムと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
ロステムさんは、丁寧に頭を下げて、ボク達に自己紹介をしてくれました。
最初は、怖そうなおばさんだと思ったけど、思いのほか優しそうで、安心します。
「私たち、実はエクスさんの妹さんに会いにきたんです」
「そのようですね。お手紙に、書いてありました。……一応、先に言っておきますが、あまり期待はしないでくださいね」
「期待?」
「はい。どうせ、エクスぼっちゃんからは、可愛くて天使のようだとか、美しすぎるとか、可愛すぎるとか、そういう事を聞いているのですよね?」
「え、ええ、まぁ、そう伺っています」
ロステムさんの言い方だと、違うのかなと、疑ってしまいます。
「そうですよね……。期待に添えなくて申し訳ないのですが、彼女の正体は悪魔のような子。腹黒で、性格は極悪。学校の成績はいつもビリ。好き嫌いは多いし、我儘で、手の付けの用のない、じゃじゃ馬なのです」
「るぁれが、じゃじゃ馬だってーの!」
ロステムさんの、衝撃の発言について考える暇もなく、とある人物が、ボク達が座って寛いでいる食卓に、怒鳴りこんできました。それも、入り口からではありません。窓からです。




