汚されてしまいます
「……」
たくさんの野菜を前にして、イリスは気絶してしまいそうです。そんなに、ショックな事かな。野菜も、凄く美味しいよ。
「わー、美味しそうな野菜ですね」
「……こいつらは、家の庭で育ててる野菜だ。新鮮で、味には自信がある。肉はないが……野菜のステーキなら作れるが、どうするね」
店主さんは、自慢げにそう言いました。これだけの美味しそうな野菜を育てて、それを使って食べ物やさんを開いているとか、ボクは凄い事だと思う。
「いいですね!私、それをお願いします!」
野菜に食いついたのは、レンさんです。色とりどりの野菜を目の前にして、目を輝かせています。ボクも、それを食べてみたいと思います。
でも、レンさん以外が、あまりいい顔をしません。
「貴方が作るんですか……?」
「ラーメン」
「イリスさんではないが、私も肉を所望する。亜人種は基本的に、肉食なのだ」
ユウリちゃんは、男の人が料理を作るのが、気に入らないようだ。ロガフィさんは、自分の家を思い出して、ラーメンが食べたくなってしまったのかな。ディゼルトは、亜人種だから、亜人種ってそういう物なのだろうか。家では、なんでも美味しそうに食べていた気がするんだけど。
でも、どちらにしろ、皆食べ物に対して少し、我儘すぎませんか。
あと、それじゃあどうして、このお店を選んだのかと言う話になる。自分たちで見つけて、選んだお店だよね、ここ。だったら、どういう料理を出すお店なのか、あと、どういう人が料理をするお店なのかも、分かっていたはずだ。それを、料理を注文する時になって文句を言い出すとか、それはもうクレーマーだよ。
「あんたら、随分と好き勝手言ってくれるなぁ?」
店主さんが、そんなボク達の我儘発言に、みるみるうちに不機嫌になっていきます。最初から、不愛想だったその顔が、怒りに染まっていくのは凄く怖いです。
「え、えと……み、皆、我儘言っちゃ、ダメだよ。レンさんみたいに、好き嫌いせずに、野菜を食べよう?」
「お姉さまが、口移しで食べさせてくれるのなら、考えます。一回お姉さまを通さなければ、男の汚れた物が私の体内に入り、私、汚されてしまいますから」
「く、口うつ……!」
ユウリちゃんの発言に、反応したのはディゼルトだ。口移しと聞いて、一瞬にして顔を赤く染めてしまう。
「し、しないよ」
ユウリちゃんとの初めては、もっとムードのある時にしたい。だから、こんな所で、こんなノリの中ではしません。
そもそも、人の前でするような事ではない。ユウリちゃんも、たぶん冗談で言っている事なので、ボクはお断りです。
「ちぇ。それじゃあ、ディゼルトさんにお願いします」
「わ、私!?」
「はい。ディゼルトさんのお口の中で、ディゼルトさんの唾液まみれになったそれを、私のこの口の中にいれて、蹂躙してください……ろうれすか?」
「っ……!」
ユウリちゃんは、開いた口をディゼルトに見せて、舌を出して尋ねます。舌をうねらせて、赤く染めた顔を見せるユウリちゃんは、可憐な少女に似合わない、とても妖艶な空気をただよわせています。
ディゼルトはそれを見て、頭から湯気が噴き出しそうな勢いで、顔を更に赤く染めてしまいました。
ボクも、最初は今のディゼルトのように、ユウリちゃんの発言の一つ一つに反応して、すぐに顔を真っ赤に染めてたっけ。ちょっと前のボクなら、そんなユウリちゃんの発言に、今のディゼルトのように顔を赤く染めていたと思う。でも、今のボクは違います。
「ユウリちゃーん?」
今のボクは、恥ずかしさよりも先に、暴走するユウリちゃんを止めなければいけないという、使命感が出て来ます。そりゃあ、ユウリちゃんのそういう、ちょっとえっちな発言と行動には、凄く興奮するよ?もう、たまりません。でも、彼女を止められるのは、ボクだけなんです。止めなければ、ユウリちゃんは他の人と、えっちな事をしてしまうんです。だから、止めるんです。
「あ、あはは。冗談ですよー」
ボクが睨むと、ユウリちゃんはそう言って誤魔化しました。
「あんたら、悪いけど出て行ってくれないか?うちには、肉なんてありやしねぇ」
我儘なボク達のせいで、店主さんは怒って、ボク達を追い出そうとしてきます。
「そうしましょう、ネモ。あっちのバカ騒ぎしてる方に、行くんです!」
「えー……」
それは、嫌だ。だったらボクは、ここで食べたいです。お肉なんて、どうでもいいし。
「おー、いけいけ。いっちまえ」
「ネモ!」
ボクの手を引っ張ってくるイリスだけど、ボクは行きたくないんだよ。イリスも、ボクがあんな所に行きたくないと思っているのは、分かっているはずだ。だから、珍しく、そんなに甘えるような目で見てこないで。
「……あ、そうだ」
だったらと思い、ボクはアイテムストレージからとある物を取り出して、それをカウンターの上に置きました。店主さんは、これにはまだ気づいていません。いじけて、後ろ向いちゃったからね。だから、取り出したところは見られずに済みました。
ボクがそこに置いたのは、随分前に森の中でとった、白い狼……シニスターウルフのお肉です。




