バレてたか
「はぁ……」
ボクは、アンリちゃんに対して、ため息を吐きました。イリスのように、悪い事をしたら、物理的に懲らしめる事もできない。そういう意味では、イリスよりもタチが悪いかもしれません。
「そう、怒らないでやってくれ。その子は、ディックさんの肉体から魂が剥がれそうになるのを、阻止してくれていたんだ。その子がいなかったら、彼は確実に死んでいたと思う。私は、彼女に感謝したい」
「えへへ。バレてたか」
アルテラさんの言葉に、アンリちゃんは一瞬驚いた後に、自分の手を頭に回して、照れる仕草を見せました。
普通は、肉体から離れようとした魂を繋ぎ止めるなんて、出来る事ではない。でも、幽霊のアンリちゃんなら、出来ない事ではないのかもしれない。
「そ、そうだったんだ……。ありがとう、アンリちゃん」
アンリちゃんがいなかったら、ボクはリツさんにリンチされる所でした。だから、ボクはちゃんとお礼を言っておきます。
「それにしても、貴女はアンデッドとはまた違う存在のようだな……。肉体から、魂だけをキレイに抽出されているような、そんな状態にある」
「お、お。随分と、詳しそうだね、アルテラさん。その通り、ボクは魂だけを剥がされて、この世界に縛り付けられてる存在さ」
「興味深いな。一体どうして、そんな存在が出来上がったのか、本当に興味深い。貴女のように、魂だけでもこの世に留まれるのなら、それは永遠の命を手に入れた事に、他ならない。そうなった経緯を、教えてくれ。できるだけ、詳しく、事細やかに」
「……」
アルテラさんに迫られて、アンリちゃんは姿を消しました。アルテラさんが、あまりにも食いついて来たので、怖くなって逃げたんだね。でも、姿を消しただけで、ちゃんとボクの傍にいる。
「どこへいった!?」
「お、落ち着いてください、アルテラさん」
相変わらず、特殊な青い目を片目だけ露にしたアルテラさんのその目は、更に輝きを増しています。ボクがそういうと、アルテラさんは我に返り、軽く咳ばらいをしながら、髪の毛を、元の目を覆うようにセットしなおしてから、落ち着きを取り戻しました。
「……すまない。少々、取り乱した」
「いえ……」
「レンさん、といったな。貴女にも、手伝ってもらって、凄く助かった。感謝する」
「いえいえ。貴重な体験を、させてもらいました。それよりも、貴女は賢人医師会の、あの、アルテラ様ですよね?」
「恐らくは、それで合っている」
どうやら、レンさんはアルテラさんの事を知っているようだ。と、言う事は、アルテラさんは有名人なのかもしれない。
「一つ、尋ねたい事があります。彼らは、その事を知った上で、貴女を襲ったのですか?」
レンさんは、トーンを一つ落とし、真剣な眼差しで、アルテラさんに尋ねました。
「……予想の範疇は、出ない。だが、彼らは私には指一本触れず、依頼主がどうのという話もしていた。それから察するに、恐らくは何者かが、裏で手引きしているとみて、間違いない。その何者かというのは、恐らくは賢人医師会の存在を、疎ましく思っている者だろうな……」
「……」
アルテラさんと、レンさんは、黙り込んでしまいました。
その、賢人医師会という存在が、何なのか。また、それを襲ったら、何だというのか。ボクには、全く分かりません。
「アルテラ。のんびりしてないで、ディックを早く、運んでもらおう。確か、目的地の村までは、あと少しだったでしょう?」
先ほどまで、泣き崩れていたリツさんが、復活です。眠っているディックさんの傍で、ディックさんの手をしっかりと握りながら、アルテラさんに訴えます。
そんなリツさんに付いているユウリちゃんが、とてもつまらなそうな目をしています。どうやら、ディックさんを心配し、手を握って離そうとしないリツさんが、気に入らないようだ。それにしたって、魂が抜けてしまったかのような、あまりにも酷い目をしている。
でも、仕方ないよ。どうやらリツさんは、ディックさんの事が好きなようで、それはボクにも伝わってきます。そこに、ユウリちゃんが入り込む隙はありません。
「目的地の村と言うのは、もしかして、タリットの村の事でしょうか?」
レンさんが尋ねた、そのタリットの村というのは、今日のボク達の目的地でもある。ディンガランを出て、まず、そこを目指していたのだ。
「その通りだ。もしかして、貴女達もそうなのか?」
「はい。中継地点として、タリットの村で宿をとるつもりでした」
「ならば、丁度良いと言えば、丁度良い、か。私が言うのもなんだが、な。じき、日も暮れる。向かうなら、早く向かった方がいいだろう」
「そうですね。少し、急ぎましょう」
アルテラさんの言う通り、ボク達は少し、のんびりとしすぎました。全ての話は後回しにして、アルテラさん達の荷物と、ディックさんをボク達の馬車に移してから、ボク達は出発します。
日が暮れてしまったのは、それから間もなくの事です。




