不思議な目
アンリちゃんの報告を受けたボク達は、リツさんと共に、アルテラさんの下へと駆け付けました。
アルテラさんを包んでいた光は収まり、アンリちゃんの言う通り、治療は終わっているようです。
「アルテラ!ディックは!?」
「……」
アルテラさんに、掴みかかるように、リツさんが勢いよく尋ねました。それに対して、アルテラさんは人差し指を口の前にたてて、静かにするようにと、ジェスチャーをします。
見ると、地面に横たわっている男の人は、規則正しい息をしていて、どうやら眠っているようです。お腹の怪我の所には、包帯が巻かれていて、治療が施された後が見えます。
「ディックさんは、大丈夫だ。運よく、刺さった剣が、大切な場所を回避していたようで、出血だけがネックだったが、それももう止まった。命に、別状はない」
「良かった……!」
それを聞いて、リツさんが泣き崩れました。ユウリちゃんが、その背中をさすり、そっと抱きしめて、安心させてあげると、リツさんの涙は更に勢いを増します。ユウリちゃんに、自らも縋り、でも、大きな声を出さないように、口を塞いで大泣きです。
「ふぅ……」
疲れた様子のアルテラさんは、息を吐いて、汗を流している。血まみれの手袋を外し、それを捨てると、ようやく自由になった手で、額の汗をぬぐいました。その際に、目にかかっていた髪の毛を取り払い、片目だけが解放されます。
露になった、アルテラさんの目は、とても不思議な物でした。色は、水色で、輝くような色彩をしていて、黒目の所が、ない。
「ネモ様ー……疲れましたー」
アルテラさんの目に、見とれていたボクに、レンさんが抱き着いてきました。その足取りはふらふらで、ボクが腕を持って支えてあげると、その身体をボクに預けてきました。
レンさんも、本当によく頑張ってくれたと思う。ボクだったら、手術している人の手伝いなんて、絶対にできないよ。
「だ、大丈夫?お水、飲む?」
「はい。少し、いただいていいでしょうか。あ、できれば口移しでお願いします」
できれば、という事なので、できない。だから、ボクはコップに水を注いで、それをレンさんに渡しました。
残念そうにするレンさんだけど、受け取ったそのコップは、自分では飲まずに、アルテラさんに手渡した。
「どうぞ、アルテラさん」
「……すまない。いただこう」
アルテラさんは、それを受け取ると、一気に飲み干します。レンさんより、アルテラさんの方が、疲れていて当たり前と言えば当たり前だ。
ボクは、アルテラさんのコップにすかさずもう一杯お水を注ぎ、それから、別のコップにも水を注いで、それをレンさんに差し出しました。
でも、レンさんはそれを受取ろうとはせずに、口を突き出して、飲ませてとアピールをしてきます。
「……」
まぁ、それくらいなら別に、構わないので、ボクはレンさんを片手に抱いた状態で、レンさんの唇に、コップのフチをつけてあげます。それから、傾けて、水を流し込むと、レンさんは笑顔で飲み込んでいきます。
「ぷはっ。しかし、できればディックさんを、ちゃんとした所で休ませてやる必要がある。しかし、私たちの馬車は、この通り壊れてしまっている……」
壊したのは、逃げて行った盗賊たちだ。道の脇に放置されている馬車は、車輪を壊された上に、馬車を引く馬もいない。コレでは、走る事は不可能だ。
「も、勿論、ボク達の馬車を使ってもらって、構いません。近くの村まで、乗っていってください」
「……本当に、すまない。この身を救って貰っただけでなく、こんな我儘まで」
「全然、構いません」
「う、うぼ、ほぼ……」
レンさんが、水に溺れながら、ボクの腕を叩いてきました。忘れていたけど、ボクはレンさんに、水を飲ませていたんだった。慌ててコップを離すと、レンさんの口から水があふれ出ました。
「ご、ごめんね、レンさん!」
「げほげほ……。いえ、ネモ様にだったら、これくらいの事をされても、ご褒美のような物です」
「そ、そう……」
レンさんも、だいぶユウリちゃんに似てきたなぁ。いや、最初から、そういう気配はあったけどね。でも、口と鼻から水を溢れさせておいて、それを笑顔でご褒美と言えるのは、なかなかだと思う。
「助かって、よかったねぇ。危うく、死者になっちゃう所だったんだぞ、このこのぉ」
アンリちゃんが、眠っているディックさんの頬を、叩いています。幽霊だから、本当に叩けている訳ではないけどね。
「アンリちゃん。そっとしておいてあげて」
でも、一応やめておくように声を掛けると、アンリちゃんはおとなしく彼から離れました。
そこで思い出したけど、ボク達を呼んだ時の、アンリちゃんのあの深刻そうな表情は、なんだったんだろうか。
「あ、アンリちゃん。あの時、ボク達を呼んだ時、どうしてちょっと言いにくそうにしてたの……?」
おかげで、ボクはディックさんが死んじゃったのかと思ったよ。もしそうなったら、ボクはリツさんに蹴られ、殴られ、罵られないといけなくなる所だったんだ。本当に、驚いたんだからね。
「え?ちょっとした、悪戯心だよ。普通に伝えたって、面白くないじゃん」
なのに、アンリちゃんはあっけなく、そう言い放ちました。悪戯っ子の、アンリちゃんらしいと言えば、アンリちゃんらしい。




