朝ですか
ボク達の荷馬車には、イリスを膝に抱いて、ロガフィさんがおとなしく待機していました。イリスは、暇だったのか、膝の上でうとうとして、起きてるのと、寝てるのとの、境目にいます。
というか、よく盗賊に襲撃されていた中で、寝ていられるね。相変わらず、神経だけは太いイリスです。
「……血の匂い。怪我を、した?」
ロガフィさんが、心配そうに、首を傾げてボクに尋ねてきました。
「う、ううん。ボク達は誰も、怪我してないよ。ただ、ちょっと治療が必要な人がいて……」
「……」
ボクの返答に、ロガフィさんはホッとしたように、息を吐きました。
一方ボクは、荷物の中から魔法石を取り出すと、それと木でできたコップを持って、荷馬車を後にしようとします。
「降りて、いい?」
そんなボクの背中に、ロガフィさんが言葉をかけて、許可を求めてきました。
そういえば、ボクは馬車の中でおとなしくしているようにと言って、馬車を飛び出したんだっけ。ロガフィさんは、そんなボクの指示を、律義に守り通そうとしてくれていたようで、だから荷馬車に残っていたんだね。
「う、うん。いいよ。ただ、イリスは一緒に連れて、守ってあげて」
「……」
ロガフィさんは、大きく頷き、そして立ち上がりました。イリスは、まるで人形でも抱くかのように、お腹の辺りを両手で締めて、ロガフィさんに持ち上げられます。
「んがっ。朝ですか」
ロガフィさんに、強制的に持ち上げられた事により、イリスが目覚めました。元々、寝ているか、寝ていないかの間くらいだったので、目覚めは早かった。でも、寝ぼけているのか、寝ぼけた事を言っています。
「おはよう、イリス。もう、大体終わったよ」
「終わった……?ああ……盗賊共に、襲われていたんでしたっけ。皆殺しにしましたか?」
「し、してないよっ」
物騒な事を言うイリスに、ボクは即否定しました。イリスの中のボクって、狂暴なイメージなのかな。自分で言うのもなんだけど、コレでも、かなりおとなしくて優しい方だと思うんだけど。ボクの思い違いなのだろうか。
それから、荷馬車を降りて、ボクは外に待機していたユウリちゃんに駆け寄ります。
ユウリちゃんの両手には、血がベットリとついていて、どこも触れない。その血を洗い流すために、ボクは持って来た魔法石に魔力を籠めて、水を発生させました。
「うげっ。なんですか、その血は。どこか、怪我でもしたんですか?」
そこへ、ロガフィさんに連れられて、ボクに続いて荷馬車を降りて来たイリスが、血を洗い落とすユウリちゃんを見て、言いました。
イリスは、ロガフィさんの腕から降りて、代わりにロガフィさんと手を繋いでいる。
先ほど、イリスを連れて、守ってあげてと言ったから、恐らくはイリスがロガフィさんから、解放される事はない。律義なロガフィさんの事だから、しっかりと守ってくれるはずだ。
ボクとユウリちゃんは、しゃがんで、ボクが少し高い所で水の魔法石を発動させて、その下で、ユウリちゃんが手を洗っている。水道で、手を洗うような形と同じです。地面には、新鮮な水と、それと混じって赤く染まった水が広がりながら、地面に染み込んでいきます。
「怪我は、していません。ただ、盗賊に襲われた別の方が怪我をしていて、その血です」
「へぇー。うわ、汚なっ。しばらく、私に触らないでください。汚らわしいので」
最初は、ユウリちゃんが怪我をしてないか、確認するような事を言って、そうではないと分かると、照れ隠しのように、悪態をつく。素直に、怪我じゃなくてよかったーと、言えばいいのに。
「お姉さま。もう、大丈夫です。血は、完全に落ちました」
ユウリちゃんは、手を洗い終わり、それを見て、ボクは水を止めます。
ユウリちゃんは、濡れた手を、ポケットに手を入れてハンカチで拭こうとしたけど、そこにハンカチはない。怪我をした男の人の手当てで、使っちゃったからね。
ボクはハンカチを貸そうとしたけど、ユウリちゃんはイリスの方へと近づいていき、その手でイリスの服を掴み取りました。そして、イリスの服で、手をよーく拭き始めます。
「ぬぎゃー!どうして、私の服で手を拭くんですか!」
「いや、だって、ハンカチがなくて」
「ハンカチがないと、貴女は私の服で手を拭くんですか!?その理屈で言ったら、うんこした後の手も、私の服で拭いていい事になりますよね!?というか、止めなさい!触るな、汚れる!」
ユウリちゃんから逃れようとするイリスだけど、片手はロガフィさんに完全に拘束されていて、ビクともしない。その場から、逃げる事はできません。そして、片手でユウリちゃんに対抗できる訳もなく、なす術もありません。
「それに先ほど、しばらく触るなとか言われたので、そう言われると触りたくなるのが、人間の心情というものです。……はい、拭き終わりました。ありがとうございます、イリス」
「……」
ユウリちゃんにお礼を言われたイリスの頬は、ひきつっていました。
そんなイリスの頭を、ロガフィさんがなでなでして、慰めます。本当に仲が良くなって、微笑ましい2人です。




