命乞い
「えと……ぼ、ボクは、ネモって言います。よろしくお願いします」
とりあえず、ボクも、青髪の女の人……アルテラさんに、そう自己紹介をしました。
「ネモさん、か。危ない所を助けてくれて、本当に感謝する。ありがとう」
「え、えへへ」
アルテラさんは、ボクに向かって深々と、頭を下げてきました。ボクは、感謝されて、照れてしまいます。
照れ終わって顔をあげると、アルテラさんが、呆然と何かを見ていました。髪の毛の間から、覗いて見えた瞳は、金色の瞳です。その瞳が、ボクではなく、ボクの後方を捉えている。
つられて振り返ると、先程まで殴られていて、顔が腫れてボロボロの女の人が、ふらふらと歩いていき、地面に突き刺さった状態でカッコイイ形になっていた剣を、抜いてしまいました。
内心、ちょっと残念です。別にいいけどね。
それから、彼女はそのまま、ふらついて歩いていき、ボクが蹴り飛ばして、木にもたれかかって気絶しているお頭の前に立ちました。
「……リツ、待って。何をする気だ!」
「何って。止めを刺すんだよ」
「よせ。そんな事をしても、何にもならない」
「何にも、ならない……?この下衆共に、ディックは殺されたんだ!ここで仇をとらず、どうする!」
ディックというのが誰なのか、ボクには分からない。でも、彼女は相当怒っているようだ。涙を流し、震える姿は、凄く痛々しい。
その人が、彼女にとって大切な人だという事は、様子を見れば分かる。そんな人を、盗賊によって奪われたと言うのなら、気持ちは理解できます。
ボクも、もしユウリちゃんやイリスを、盗賊に殺されたりしたら、凄く怒ると思うからね。
「本当は、苦しめて、苦しめて、それからやっと殺してやりたい……でも、せめてもの情けだ。一撃で、殺してやる!」
「な、なん……だ?ひっ!な、な、なぁ!?」
お頭が、騒がしいのに気づいて、気を取り戻しました。そしてすぐに、砕けた顔面の痛みに悶えながら、目の前で、自分に向かって剣を突き出す女の人を見て、慄きます。
引き下がろうにも、彼の背中は木によってブロックされていて、逃げられない。
「……止めてくれ……そんな奴のために、リツが手を汚す事はない……」
「ごめんね、アルテラ。あたしは、どうしても、この男を許す事ができない。コイツを殺したら、次は私を可愛がってくれた男を殺して、もう一匹も殺す。他の盗賊共も、全部だ。全部、殺してやる!」
「……」
彼女の目は、狂気に染まっていた。怒りと憎悪で満ち溢れ、それが、今の彼女の原動力となっている。
それは、あまりイイ事ではない。前世のユウリちゃんが、そうして狂気に染まり、次々と人を殺していき、今は後悔していると言っていた。
このままでは、彼女も後悔する道を進んでいき、その後に待ち受けているのはたぶん、破滅だと思う。ボクも過去に、そういう人を見た事がある。その人は、大切な人を殺され、怒り狂った挙句に、世界そのものを敵視して、最後は家族までもを手にかけ、そして化け物へと成り代わってしまった。
狂気による殺人の先にあるのは、いつも破滅だ。彼女は、その破滅への道へ、踏み入れそうとしている。
「よ、せぇ……お、オレはもう、なにもしない!謝る!だから、やめろぉ」
「今のお前と同じように、命乞いをしてきた者を、お前は助けた事があるか?」
「……あ、ある……い、命乞いをされたら、オレ達だって、命まではとらねぇよぉ。へ、へへ」
これは、直感だけど、たぶん嘘だ。目が泳いでいるし、冷や汗も凄い。痛みと恐怖で、そうなっているという可能性もあるけど、でも違う。彼は明らかに、嘘をついていると思う。
「そうか。なら、少しは罪が軽くなるといいな。無論、本当なら、だが」
「ひぃ!」
女の人が、剣を振り上げました。狂気に染まった目は、お頭を捉え、殺気が籠もっている。
本当に、本気で、彼女はお頭を殺すつもりだ。
「リツ!」
アルテラさんの、叫び声が、彼女の耳に届くことはなかった。剣は、そのまま振り下ろされ、お頭の顔面にめがけて、近づいていく。このままでは、お頭の頭は真っ二つに割れて、死んでしまうだろう。
ボクは、それをギリギリまで見極めてから、寸前の所で剣を指で摘まみ、止めました。




