ユウリさん
今日も一日、なんやかんやで疲れました。
ボクは、ユウリちゃんが作ってくれたご飯を食べて、お風呂に入りなおしてから、ベッドに飛び込んだ。布団は、ふかふか。これなら、すぐに眠りにつけちゃうよ。
「お姉さま。その前に、ちょっと髪の毛の手入れをしてあげます」
そんなボクに、ユウリちゃんが両手に櫛を持って、そう言って来た。
ユウリちゃんに指示されたとおり、イスに座るとユウリちゃんがボクの髪を櫛でといてくれる。よく分からないけど、お風呂上りはこうしないといけないみたい。
「ちょっと面倒だから、今度切っちゃおうかな……」
「ダメです」
「え、でも──」
「ダメです」
「……はい」
有無を言わさないユウリちゃんに、ボクは諦めるしかないようだ。
「ところで、ずっと気になっていたんですけど、イリスは何故、ネモお姉さまの事を、勇者と呼んでいるんですか?」
「……はぁ」
イリスは、ボク達と同じ部屋にいて、隅っこのイスに座って本を読んでいた。その服装は、ボク達と同じような、白のワンピース姿。寝巻き用に、ユウリちゃんが用意した。3人揃って同じような寝巻き姿は、ちょっとわくわくして楽しい気分になります。
そのイリスが読んでいるのは、この家の倉庫にあった難しそうな本で、ボクにはよく分からないけど、何かの物語の本みたい。イリスはそれらの本を運び出して、この部屋に山積みにして置いている。と言っても、5冊くらいだけど。でも、一冊一冊がとても重厚で、イリスの身体に見合わない、重さと大きさをしている。
そんなイリスが、ユウリちゃんに質問されて、本をそっと閉じて息を吐いた。
「こんなでも、一応異世界の勇者なんですよ、それ。しかも、稀代な才能を持った、最強の勇者です」
「勇者って、ゲームやアニメに出てくるような、魔王を倒す感じのアレですか」
「それです。ですが、もう勇者としての役割は終わっているので、今は勇者の役目から解放された、ただの人間ですけどね。というか、私の言う事を聞かない勇者なんて、もう勇者じゃありません。ので、もう勇者と呼ぶのは止めます。これからは、ネモと呼びます」
ボクとしても、未だに勇者と呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしい。なので、それは大歓迎。
「イリスが自分の事を、女神だのなんだのと言うのは?」
「そのままです。私は、豊穣の女神、イリスティリア。お前達に敬われるべき、高貴なる存在」
「で、でも、いけない事をしたんだよね。それで、今は女神様じゃないみたい」
「……」
イリスが、ボクを睨みつけてくる。そんな目をされたって、本当の事だから、しょうがないじゃないか。
「なるほど。元勇者に、元女神ですか。……凄いですね」
「貴女はどうなのですか、ユウリ。間違っていなければ、貴女転生者ですよね?」
ボクも、それは聞きたかった。ユウリちゃんのステータスには、本庄 悠里という名前が出ている。コレは、別世界の名前だ。つまり、ユウリちゃんはボク達と同じように、他の世界からやってきた可能性が高い。
「そうですよ。私の名前は、本庄 悠里。ちなみに、ただの人間です。前の世界では、普通にOLとして働いていたんですけど、ちょっとドジって死んでしまって、気づいたらこの世界に、少女として存在していました。それで、私が住んでいたと思われる村が盗賊に襲われて、自分の身に起きた状況も分からない内に、浚われたかと思えば、気づいたら奴隷。お先真っ暗。そんな所を、お姉さまに助けていただいたんです」
「……OL」
「はい。私、死ぬ前は30歳独身の、ぴちぴちのキャリアウーマンでした。ちなみに、当時から男嫌いの百合百合です。男なんて、世界から滅びればいいと思いながら働いていました」
ユウリちゃんのカミングアウトに、ボクは衝撃を受けました。
そっか……ユウリちゃん、30歳だったのか……。道理で、たまにお姉さんぽくて、頼りになると思っていたんだ。……ユウリさん?
「ふーん。話から察するに、どうやらネモが引きこもりをしていた世界と、同じ世界からの転生者のようですね」
「アニメや、OLという単語が通用するので、私もそうではないかと思っていました。でも、引きこもり?」
「そうです。ネモは、とある世界の魔王を倒して、私がご褒美になんでも願いを叶えてあげると言うと、引きこもりになりたいと願ったのです。それで、ユウリのいた世界で、3年も一歩も部屋から出ずに、アニメやゲームを毎日やり続けていたという訳です」
「そうなんですか。それで、人見知りに……」
「それは、最初から。この子、勇者だった頃も人とろくに会話ができなくて、本来ならPTを組んで魔王に挑むはずが、最初から最後まで、ずっと一人のコミュ障勇者だったのです」
ボクは、恥ずかしくて両手で顔を覆った。
その通りです。ボクは人と話せず、ずっと一人でした。でもね、少しは頑張ったんだよ。仲間を作ろうと、冒険者ギルドの前を素通りしたり、見かけた冒険者さんの後をつけてみたり、ね。でも、PTにはなってもらえなかった。だから、一人でやるしかなかったんだよ。
そんなボクの頭を、ユウリちゃんがなでなでしてくれる。
「しかし、貴方もバカですね。あのクソ女神を怒らせなければ、こんな世界に飛ばされる事はなかったでしょうに。しかも、女にされてしまうとか」
イリスの言葉に、頭を撫でてくれているユウリちゃんの手が、止まった。
そうだ。ボクはまだ、男だった事を、ユウリちゃんに話していない。
「……女に、されてしまった、とはどういう意味ですか?」
「ん……あれぇ?もしかして、知らなかったんですか?」
イリスが、ユウリちゃんの変化を察して、嬉しそうに食いついた。その顔は、悪魔の笑顔。
「ネモは、この世界に来る前は男だったんですよ。しかも、前の世界では毎日いやらしいゲームをしていた、キモヲタヒキニートです。確か貴女、男は嫌いだと言っていましたよね?どうです?幻滅しましたか?」
「……」
ボクの後ろにいるユウリちゃんは、黙り込んでしまった。その沈黙が、また怖い。しかも、イリスまでもが黙り込んでしまって、ボクが目を向けると、この世の終わりのような表情を浮かべてくる。
イリスの表情の意味は分からないけど、ボクは意を決して、恐る恐る、振り返った。
意外にも、そこには平然とした顔の、ユウリちゃんがいた。しかも、ボクと目が合うと、ニコリと笑い返してくる。
「大丈夫ですよ、お姉さま」
ユウリちゃんはそう言って、ボクの頭を抱きしめてきた。良い匂いがする。あと、幼いながらも確かにある胸が、ボクの顔を包み込んでくる。イリスとはまた、別の包容力に、ボクは安心感を覚えた。
「私が好きになったのは、お姉さまです。女性だから、好きになれたのかもしれませんが……でも、ネモお姉さまは特別です。だから、そんな不安げな顔はしないで、これからも私の傍にいてください」
「……うん。黙ってて、ゴメンね」
ボクは、ユウリちゃんに抱きしめられながら、ホッと胸をなでおおろしました。
「ちっ」
イリスの舌打ちが聞こえてきた。どうやらイリスは、ユウリちゃんをどうにかして、追い出したいみたい。ユウリちゃんの身に危険が迫っているのが分かっていても、黙っていたくらいだからね。でも、イリスの計画通りにはいかない。
その後は、ベッドを独り占めしようとするイリスとひと悶着あったけど、結局は3人仲良く一緒にベッドで眠ることになりました。ボクは、3人の真ん中。右を見れば、ユウリちゃん。左を見れば、イリスの顔が、すぐそこにある。
眠り始めてから、それなりに時間が経っているけど、こんな状況なおかげで、中々眠りにつけない。ユウリちゃんが美人さんなのは言うまでもないけど、イリスもイリスで、こうやって間近で見ると、凄く可愛い。尖ったエルフの耳は、ぴょこぴょこと動いて可愛らしいし、ぷにぷにとしていそうな頬は、突っつきたくなってたまらない。
「……この世界に飛ばされたという事は、恐らくそれなりの罪があるという事です」
ふと、イリスが小さく呟いた。どうやら、起きていたみたいで、イリスが目を、半分開けてボクを見つめ返してくる。
それからすぐに、ボクと反対を向いてしまい、その顔は隠されてしまった。
……もしかして、寝言だったのかな?ボクは、深く考えもせず、最後にユウリちゃんの寝顔を見てから、そっと目を閉じた。