表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
244/492

旅立ち日和


 長閑な平原を、馬車に揺られて進んでいきます。今日は、凄く良い天気で、旅立ち日和です。気温も丁度よく、しかも太陽の日差しがぽかぽかで、眠くなってしまいます。


「さて。私たちは共に旅をする事になった訳ですが、お姉さまに頼るばかりではなく、私たち自身も、自力で自分の身を守る必要があります」

「その通りですね。私はそのために、昨日のうちに魔法陣の刻まれた紙を、大量に用意してきました。これにより、この間奴隷商会のアジトを潰した時に見せた、魔法を解除する紋章魔法の他にも、攻撃に特化した、例えば炎を巻き起こす紋章魔法も、使えるようになりました」


 レンさんは、そう言って、木箱の上に紙を置きました。

 木箱は、荷馬車の対面して設置されているイスの、間に置かれています。机のような役割を果たしていて、その上にはペンや、地図も置かれている。あと、地図を押さえる重り代わりに、ぎゅーちゃんの家である、丸い形の、古臭い骨董品が置かれています。

 片側に、ボクを挟んで、ユウリちゃんとレンさんが座り、反対側のイスに、ロガフィさんの膝をクッション代わりにした、イリスが座っています。アンリちゃんは、荷物が山積みになった上に、変な体勢で乗って、くつろいでいる。


「コレは、レンさんにしか使えないんですか?」


 ユウリちゃんが、レンさんが置いた紙を、手に持って尋ねます。

 ボクの目には、紋章の違いがよく分からない。でも、かなり複雑で、書くのが大変そう。それこそが、紋章魔法最大の弱点だね。戦いになったら、紋章を描いている暇なんて、ないから。その弱点を克服するために、あらかじめ、こうして紙に書いておくという訳だ。


「そうですね。紋章魔法は、基本的に魔力を籠めて刻んだ、本人でないと使う事ができません」

「なるほど。では、イリスに持たせるのは無理ですね……」


 ユウリちゃんが言いたいのは、イリスがいかにして、自分の身を守るか、だ。

 基本的に、ボクに頼ってもらっていい。でも、この先もしかしたら、ボクが守ってあげられない状況も、あるかもしれない。その時のために、自分の身を守るくらいの力は、持っていてほしい。

 ユウリちゃんは、剣の腕がめきめきと上達していて、レンさんも、こうして紋章魔法を用意してくれていて、自衛のための手段を、用意した。アンリちゃんは幽霊だから問題なくて、ディゼルトとロガフィさんは、強いから大抵は問題ない。ぎゅーちゃんも、強い。


「……」


 全員の視線が、イリスへと向けられます。


「ふっ。ふははは!貴方たちは、私を舐めている」


 ボク達の視線に、イリスは高笑いで返しました。そして、徐に、懐に手を突っ込んだかと思うと、紙を取り出しました。その紙は、レンさんが見せてくれた、魔力で紋章の刻まれた紙と、同じように見えます。ただ、こちらは形がいびつで、紋章も、レンさんの物と比べて、それほど複雑ではない。


「コレは……!」


 レンさんが、それを見て驚いています。紋章魔法の知識が、全くないボクにとって、それが凄いのかどうかは、全く分かりません。


「ふふん。私だって、何も用意してこなかった訳じゃないです。いくら魔力が高くても、マナ容量が少なくては、ろくな魔法が使えない。そこで、マナに頼らずに魔法を使うための方法を、模索していたんです。結果、レンと同じ紋章魔法に、辿り着きました。紋章魔法は、紋章の力によって、大気中の自然に存在するマナを集めて使う魔法です。本人のマナ容量に、頼る事はありません。しかも、威力は術者の魔力の高さに比例する……正に、私向きの魔法ですよ」

「そうなんですか?」


 イリスが言うだけでは信用できないので、ユウリちゃんが、紋章魔法の専門家である、レンさんに確認を求めます。それに対してレンさんは、イリスが手に持っている紙を見て、顎に手を当てて考える仕草を見せました。


「うーん……」

「な、なんですか。凄いでしょう?私の紋章」

「んー……?」


 レンさんの反応に、イリスが不安になって確認を求めるけど、レンさんは呻るだけで、答えません。


「れ、レンさん?」

「あ……すみません、ネモ様。ちょっと、考え事をしてしまいました」

「う、ううん。……どうしたの?」

「はい……イリスさんの紋章魔法なんですけど、イリスさん。コレは、どこで習った物なのですか?」

「独学です。本を読んで得た知識で、描いてみた物ですから。だから、見た事もない魔法が、発動するはずです。それこそ、この世界を吹っ飛ばすような魔法が、どばーっと」


 そんな物が発動したら、イリスも吹っ飛んじゃうよ。

 でも、本を読んで勉強して、そんな事までできるようになるなんて、そこはさすがだな、と思う。自分の弱点を克服するために、イリスも頑張っていたんだね。

 ボクは、そんな努力家のイリスを、心から尊敬します。


「コレでは、ダメですね」

「はい……?」

「紋章魔法は、明確に、これを使用したらどういう魔法が発動するのか、それを紋章にして書き起こした物です。同じような魔法を使用したとしても、紋章の形は、人によって変わります。その魔法を、紋章にして絵に具現化する時のイメージは、人によって違いますから。イリスさんのそれは、イメージが全くできていません。そもそも、線が歪みすぎです。それでは魔法を発動させるためのマナが、均等に集まらなくて、何もおきません」

「そ、そんなの、やってみないと分からな──」

「分かります」


 レンさんは、そう言い切りました。あまりの低評価に、イリスは呆然としてしまいます。手に持って、自信満々に見せてくれた紋章の紙が、イリスの手から落ちて、風の流れにのって、レンさんの足元にまで飛んできました。


「……ですが、独学でよく、こんな紋章を作り出せたなと、感心させられました。イリスさんのコレは、もっとしっかり、キレイに描けば、もしかしたらという可能性を感じさせます」


 レンさんは、足元に飛んできた、イリスの紋章の紙を拾い、それをまじまじと眺めながら、言いました。


「もちろん、まだまだ足りない物が、たくさんあります。ですが、それを私の知識の範囲内で良ければ、イリスさんに教える事もできます。どうでしょうか」


 それは、とてもいいアイディアだと思う。レンさんから紋章魔法を学べば、イリスも立派な魔術師になれる。そうすれば、自衛もできるようになって、ボクも少しは安心できる。


「は?人間に、女神である私が、教えを?冗談じゃないですよ。ぺっ」

「……」


 そんなボクの想いと、レンさんの好意を砕くように、イリスは唾を吐き捨てて、拒否の意思を示しました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ