渡しません
他にも、この町でお世話になった人や、知り合いになれた人はいる。だけど、ボク達が魔王討伐をしに、町を出る事は、一部の人しか知りません。知っているのは、コレで全員。少ない見送りに見えるけど、ボクにとっては、夢みたいな状況です。
ボクが、勇者として村を出た時は、家族も含めて誰も見送ってくれず、たった1人で村を出たからね。それが、今はどうだろう。別れを惜しんでくれる人や、一緒に町を出てくれる、大切な人もいる。
「あれ?」
そこで、気づきました。
ユウリちゃんは、ボクの隣にいる。ロガフィさんは、アンリちゃんと一緒に、荷馬車に座って、ボーっと空を眺めている。レンさんは、メリウスさんとお話し中。イリスはどこに行ったんだろう。
周囲を見渡し、目に入ったのは、大きな樽を持ち運んでいこうとする、メイヤさんだ。
「め、メイヤさん」
ボクは、ニコニコ顔のエクスさんを押しのけて、メイヤさんの方へと駆け寄ります。
「な、ナニカナ?」
ボクが呼び止めたメイヤさんは、明らかに動揺しています。冷や汗をだらだらと流し、動きも、返事もぎこちがない。怪しすぎて、ボクは不安に駆られます。
まさか……いやでも、あり得るよね。メイヤさんなら、やりかねない。だからボクは、確認せずにはいられません。
「そ、その樽の中身……見せてもらえませんか?」
「だ、ダメだ」
「なんで、ですか?」
「コレはその……開けると、凄く臭いんだ。汚物が、入っている。だから──」
樽が、中から叩かれて、音をたてました。
「い、今のは……?」
「……」
メイヤさんは、目を背けて答えてくれません。すると、再び音がしました。今度は、先ほどよりも強い音です。
ボクは、何も言わずに、メイヤさんから樽を取り上げました。メイヤさんの抵抗は、ありません。そのまま樽を地面に降ろして、蓋を開きます。
「んー!」
すると、樽の中には、布を口の中に詰め込まれて喋れなくなっている、イリスが入っていました。イリスは、ボクの姿を見ると、涙目になって樽から飛び出してきます。ボクは、そんなイリスを抱きしめて受け止めました。
珍しく、こんな朝早くから目が覚めた様子のイリスに、ボクは感心しました。
ここに来るまでの間、ずっと寝ぼけてたから、ボクがいつも通り運んできたからね。目が覚めてしまうくらい、メイヤさんに浚われるのが嫌だったようだ。
「わっ、と……」
「んー!んー!」
よく見ると、手足も拘束されている。手は、縄によって背中で結ばれて、足は、足首を縄で縛りあげられ、手の拘束と繋げられています。
「え、えと……メイヤさん。コレは……?」
「イリスを、危険な目に合わせる訳にはいかん。やはり、私が責任を持って、イリスを飼おうと思う」
「んんー!」
メイヤさんは、悪びれる様子もなく、そう言いました。でも、やっている事も、言っている事も、犯罪者のようです。
イリスは、そんなメイヤさんの言葉を聞いて、首を激しく横に振って、嫌だと訴えてきます。
そりゃあ、嫌だよね。こんな手口は、誘拐犯しか使いません。もしイリスを置いて行ったら、メイヤさんにどんな目に合わせられる事か……犯罪の香りしかしない。
「だ、ダメです。イリスは、ボクの大切な女神様です。だから、連れていきます」
ボクは、メイヤさんにそう言いながら、イリスを抱きしめたまま、その拘束を解きました。縄は、面倒なので手で引きちぎりました。それから、口の中に突っ込まれた布を、引っ張り出してあげます。イリスの口からは、大量の涎がこぼれ出て地面に垂れ、布には唾液が染み込んでいて、汚いです。
「ねもー!」
イリスは、余程怖かったのか、恥も外聞もなく、拘束を解かれたその手で、ボクに抱き着いてきました。ボクは、手に持った、イリスの涎が染み込んだ布が、イリスにつかないように避けて、そんなイリスを抱き返します。
「くっ……幼女に、泣きながら抱き着かれるなんて、なんて羨ましいシチュエーションなんだ……!」
「と、とにかく、イリスを攫うのは止めてください。イリスは、ボクが連れていきますので」
「……分かっている。軽い、冗談だ」
「……」
冗談なんて、レベルじゃないです。それに、ボクが気づかなかったら、確実に連れ去ろうとしていたよね。
「あー、イリス、攫われそうになったんですか。メイヤさんなら、色々と可愛がってくれそうだし、別に良いんじゃないですか?」
様子を見ていたユウリちゃんが、ボクに歩み寄って、そんな事を言ってきました。
「あ、あんたねぇ。私は、この女に攫われそうになったんですよ!?攫われたら、どんな目に合わされるか、分かったもんじゃないですよ!?ここは、怒る場面じゃないですか!?」
「まぁー……メイヤさんなら、許しますっ」
ユウリちゃんが、親指をたててメイヤさんに言うと、メイヤさんも、ユウリちゃんに親指をたてて答えました。この2人、気があって仲がいいんだよね。さすがは、変態同士です。
「許すな!」
「ところで、ネモ。お前が今手に持っている、イリスの唾液が染み込んだ布だが……私が預かろう。なに、変な事には使わない。ただ、家宝として、保管させてもらうだけだ」
「……」
メイヤさんの言葉に、ボクとイリスは引きました。お互い、抱きしめる力を自然と強めます。
ボクは、そんなメイヤさんにコレを渡してはいけないと判断して、アイテムストレージにしまいました。
「ああ!どこへ行ったんだ!?」
突然、目の前で消えた布に、メイヤさんは頭を抱えます。
「渡しません」
「そんなぁ!」
文句を言ってくるメイヤさんだけど、ボクは頑なに、それを渡すことを拒みました。
それにしても、皆に見送られての出発が、こんなに嬉しくて、楽しい物だなんて、想像した事もなかったよ。だから、ボクは笑いました。笑って、町を出て行こうと思います。




