お別れの挨拶
レンさんのお屋敷の一件は、ちょっとした騒ぎになってしまいました。そりゃあ、この町のトップの家が、突然半壊だからね。騒ぎにもなるよ。でも、レンさんのお父さんが上手く誤魔化してくれて、騒ぎはすぐに収まりました。ちょっとやり過ぎたかもしれないけど、赦してもらえてよかったです。
そんな日の、次の日。準備が整った、その日の早朝。ボク達は、町の正門前に集合しています。
そこには、メイヤさんが用意してくれた荷馬車もあり、中にはたっぷりの荷物も積みこまれています。この馬車を引っ張るのは、ぎゅーちゃんだ。巨大化したぎゅーちゃんと、荷馬車を一体化するための道具も、専用に作って用意してくれた。馬車とを繋ぐ、銀色に輝くハーネス。それを、身体にくくりつけ、鎧を纏ったような姿のぎゅーちゃんは、勇ましくカッコイイです。
「は、はぁぁぁぁ。ぎゅーちゃん、カッコイイ……や、やはり私も一緒に連れて行ってもらえないでしょうか!?」
「ぎゅ、ぎゅー……」
そんな、勇ましい姿のぎゅーちゃんに、見送りに来てくれている聖女様は、大興奮だ。鼻血を噴き出しそうな勢いで、ぎゅーちゃんに抱き着いて離れません。ぎゅーちゃんは、そんな聖女様に、引いています。まるで、ボクがユウリちゃんに、セクハラされる時の図だ。
そんな聖女様とも、しばらくの間、お別れだ。こんな光景も、しばらくは見る事ができない。だから、という訳ではないと思うけど、ぎゅーちゃんは、そんな聖女様を、気持ち悪がってはいるけど、引き離そうとはしません。
「レンファエル様。どうか、お体にお気をつけて……」
「メリウスさんも、どうか、お元気で。そして、お幸せに」
レンさんと、硬く手を繋いで挨拶をしているのは、メリウスさんだ。彼女は中央協会で働いているシスターさんで、レンさんとも交流があり、仲がいいみたい。聖女様が気を使って連れてきてくれたんだけど、別れを惜しむ2人を見ていると、本当に、連れてきて貰ってよかったです。
ちなみに、メリウスさんのその隣に立っている男の人は、エクスさん。メリウスさんの婚約者で、重度のシスコンを患っている、騎士様だ。
「はっ」
そんな、エクスさんと目が合ってしまいました。その瞬間、嬉しそうに手を振りながら、眩しく感じるくらいの、飛び切りの笑顔でこちらに駆け寄ってきます。
ボクは、素早くユウリちゃんの背後に隠れました。
メリウスさんには悪いけど、正直言ってエクスさんは苦手です。悪い人ではないんだろうけど、妹に似ているからという理由で、ボクに対するアプローチが凄いんです。しかも、自然にセクハラ発言をしてくるので、それも気に入りません。
「ネモさん!」
そんな事、気にする様子もなく、駆け付けて来たエクスさんが、ボクの名前を呼びました。ボクを庇うように、そんなエクスさんの前に、ユウリちゃんが立ちふさがります。
「聞きましたよ、魔王討伐の話。まさか、ネモさんがそんな事をする事になるなんて……」
「既に、ここまで準備したんです。今更、止めろだなんて、野暮な事を言わないでくださいよ?」
「……分かっています。聖女様にも、言われていますから。ですから、最後に一目、ネモさんの姿を目に焼き付けたくて、見送りに来ました」
「お姉さま……」
「う、うん……」
ボクは、ユウリちゃんに促されて、ユウリちゃんの背後から姿を現します。エクスさんの前に立ち、普通にしているだけです。それなのに、エクスさんの頬がだらしなく緩み切り、目が垂れて、面白い顔になりました。
「ぷっ」
それを見て、思わず笑ってしまいました。
「ネモちゃーん!」
「わぁ!?」
そこへ、側面攻撃をされました。ボクは、柔らかなクッションに顔を包まれた上、身体を締め付けられて、身動きを封じられます。
「ラメダさん。来てくれたんですか」
「当たり前でしょう。ネモちゃんと、ユウリちゃんの見送りに、私が来ない訳ないじゃない」
ユウリちゃんとの会話から、ボクを包んでいる相手が、ラメダさんだと分かりました。この柔らかな感触は、ボクを夢心地にさせてくれるけど、でもいささか苦しいです。
「ぷはっ!」
どうにか、身体を引きはがして、ボクは大きく息を吸います。そんなボクの目の前に、ラメダさんの大きな丘が2つ、そびえたつようにそこにありました。
いつものスーツ姿のラメダさんは、胸を大きくはだけさせて、胸の谷間が見えています。
「ネモちゃん!」
「わっ……」
今度は、優しく抱きしめられました。この柔らかく、優しい抱きしめられ方に、ボクは弱いんです。特に、ラメダさんの身体の感触は、イリスティリア様を思い出すので、力が抜けちゃいます。
「絶対に、死なないで。無事に戻ってきて、また貴女の生気を吸わせてね。今度は、もっと深く、長く繋がりましょうね」
「……」
ラメダさんが言っているのは、ボクともっとキスがしたいという事だ。ラメダさんは、サキュバスだからね。キスとか、身体的な繋がりで、相手の生気を吸えるんだ。
前に、代金の支払いの代わりに、情熱的なキスをされ、ボクも吸われてしまった事がある。あれよりも深く、長くしていたら、ボクがもちません。
というか、まるで餌のような気分になって、なんだかちょっと、冷めました。
「そ、その時は是非とも、私も混ぜてもらえませんか?私も、お姉さまとはもちろんの事、ラメダさんと深く繋がりたい所存でして」
ユウリちゃんが、涎を拭き取りながら、そんな事を言っています。
「だ、ダメ!ダメだよ!ユウリちゃんは、絶対にダメ!」
ボクは、慌ててそう言って、止めました。ユウリちゃんが、他の人とキスとか、考えたくもありません。
ラメダさんから離れると、ボクはユウリちゃんを抱きしめて、しきりにそう訴えます。
「分かりました。絶対に、しません」
すると、すぐにそう宣言してくれました。
「私は別に、いつでもしてもいいけど、ネモちゃんがそういうなら、止めといた方がいいね。それにしても、妬けるわぁ」
「替えの服とか、心ばかりだけど、荷馬車に載させてもらったよ。困ったら、ばんばん着てね」
そこへ、荷馬車から歩いてきたのは、アジェットさんです。アジェットさんも見送りに来てくれて、しかも服を用意してくれました。
それらを馬車に載せ終わり、ボク達に報告に来てくれました。
「あ。ありがとうございます、アジェットさん」
ボクは既に、ユウリちゃんから手を離している。だけど、逆にユウリちゃんがボクから手を離してくれなくて、ボクの胸に抱き着いたまま、そんなユウリちゃんが、アジェットさんに返事をしました。
「いいの、いいの。代金は、キャロットファミリーのギルドマスターに、支払ってもらってるからね。私も稼がせてもらったよー」
そう言って、大きく膨らんだ袋を見せてくれる、アジェットさん。中身はお金のようだ。嬉しそうに、屈託のない笑顔で笑うアジェットさんは、お金を自慢している人とは思えないくらい、純粋そう。
実際たぶん、そういう人なんだと思います。




