今夜はシチューです
「今、笑った奴は、皆殺しにしてやる……!」
レイさんが、鞘から抜き取った剣を、天にかざした。レイさんのその剣は、剣の幅が広い、太めの剣だ。片手剣としては、ちょっと扱い辛そう。ただ、刀身は輝くようにキレイで、周りの風景を映す程。
その、かざした剣が、空から降ってきた光を吸収し、黄金色の光を放った。すさまじい風が巻き起こり、その剣に力が集中している事が分かる。
「マスター!そんな技、こんな所で使ったら、あたり一体吹っ飛んでしまうぞ!」
建物から、慌てて飛び出してきた眼鏡の男の人が叫んだ。
「吹っ飛ばすんだよ!ヴィスタ。死にたくなかったら、中に入ってろ」
「っ……」
ヴィスタと呼ばれた、眼鏡の男の人は、悔しげに建物の中へと戻っていく。言われておとなしく戻るとか、一体何をしにきたんだろうか。
「やめてくれ、マスター!悪かった!謝るから!」
「い、命だけは助けてくれ!なんでもする!だから、剣をしまってくれぇ!」
皆が口々に叫ぶけど、レイさんの耳には届かない。
「ぎゃははははは!」
代わりに、未だに地面を転げまわって、レイさんを指差しながら笑っている、イリスの声だけが、むなしく響きました。
「消えて、なくなれ」
イリスの止まない笑い声に、イラだった様子のレイさんが、額に血管を浮かばせた。瞳孔も開いて、その目は怒りでイッちゃってる。
そして、かざした剣が、振り下ろされていく。主に、ボクへと向かって。
剣が、大気を巻き込んで、揺らいで見える。それに呼応して、更に激しい風が巻き起こった。
先ほどと同じように、地面を蹴って一瞬で間合いを詰めると、その剣を正面から受け止めようと、手を構える。
「バカが!消し飛べ!」
ボクは、レイさんの剣を、片手で掴んで受け止めた。
風で、ボクのフードがめくれあがり、顔が露になって、飛び出した髪が風に凪いだ。ボクが足を付いている地面を中心として、地割れが起こる。
そうしていると、やがて、巻き起こった風が収まっていき、剣の光も急速に失われていく。
「は……え……?」
目の前には、呆然とするレイさん。ボクは、片手で剣を受け止め切って、そんな彼の瞳に姿を映す。
「す、素手で……受け止めただと……!?あ、ありえねぇ……何者だてめぇ!」
「……」
「っ……!?」
ボクが、無言で睨みつけると、レイさんは小さく悲鳴をもらした。引き下がろうとしたみたいだけど、ボクが掴んでいる剣は、ボクの手から離れない。今度は必死に両手で掴んで逃れようとするけど、大して変わらないよ。レベル85でも、こんなもんなんだなぁと、ちょっとガッカリ。
「ば、化物だっ!た、助け、助けて!」
剣を諦めたレイさんは、ボクに背を向けて逃げ出そうとした。その背後から、ボクはその後頭部に、膝蹴りを繰り出した。
「がっ!?」
更に、顔から倒れそうになるレイさんの正面に回りこむと、その鳩尾の辺りを蹴り上げて、倒れさせない。そして、胸倉を掴んで、逃げられないように確保した。
「ボクはただ、ボクに少し似た、黒髪の女の子を探しているだけです。ついさっき浚われたばかりの子です。返してください」
「し、知らない……!ばは!?」
その顔面を、一発殴った。ボクが胸倉を掴んでいるので、レイさんが吹き飛ばされる事はない。更に、もう一発、その顔面を殴りつける。レイさんの口から、血と歯が飛んでいく。
「ごは!?」
「もう一度、聞きます。ユウリちゃんを、返してください」
「本当に、知らないんだ!や、やめてくれ!もう、殴らないでくれ!」
「まぁ、待ちなさい。ぷっ……ぷふ……どうやら、本当に……知らない、ぷっ、みたいですよ」
必死に笑いを堪えているイリスが、ボクにそう言って来た。
そんなイリスに、レイさんも首を必死に縦にふって、訴えてくる。でも、知らないで納得できる訳がない。
「その通り。私達は本当に、貴女が求めている人物を、知りません」
そこへ建物から出てきてそう言ったのは、先程の眼鏡の男の人だ。スーツのような服に、マントを羽織っていて、その身なりはとてもしっかりとしているように見える。身長は、今のボクと同じくらい。優しげな顔をしている人だけど、もうボクは騙されないよ。どうせ、この世界の男の人なんて、皆えっちな事しか考えていないおサルさんなんだ。
「ヴィ、ヴィスタ……助けてくれ!」
「ふしゃー!」
ボクは、呻って眼鏡の男の人を威嚇をする。
「落ち着いてください。私は、何もしません。実は言うと私、ラスタナ教会の者でして、このヘイベスト旅団に潜り込んで、スパイ活動をしていました」
「んな……!?」
そう言われて、ボクは眼鏡の男の人の、ステータス画面を開いてみた。
名前:キリング・オルクル
Lv :55
職業:ラスタナ教会幹部
種族:人間
あ、本当だ。職業に、ちゃんとラスタナ教会って書いてある。でも、それが何だかよく分からないよ。
「はあぁ~?らすたなあぁぁぁ~?」
それまで笑い上戸だったイリスが、突然眉にシワを寄せて、様子が一変した。
「久々に、聞きたくもない、忌々しい名前を聞いてしまいました。私の前で、二度と、その名を口にしないでくれません?さもないと、この子が、貴方の教会をぶっつぶしますよぉ?」
「りゅ、留意します」
ボクを指差しながらのイリスの恫喝に、眼鏡の男の人は、冷や汗をかいて答えた。その姿は、まるでチンピラの下っ端みたいだよ、イリス。あと、弱者を暴力で支配しようとするのは、嫌いなんじゃなかったっけ?今のイリスを、ちょっと前のイリスに見せてあげたい。
そして、勝手な事言わないで欲しい。ボク、そんな事しないから。……何もされなければ。
「……ヴィスタ。覚えておけよ」
「レイ・ヘイベスト。貴方は、確かに強い。だから、これまで自由にやりたい事をしてこれた。でも、やり過ぎました。本当は、戦力が整い次第、我が教会が総力を挙げて貴方を逮捕、もしくは殺すつもりでしたが……まさか、たった一人で貴方を倒せる人が現れるとは」
「そんな事、どうでもいいんです。ボクはとにかく、ユウリちゃんを探しているだけなんです。どこなんですか。ユウリちゃんは、どこにいるんですか」
ボクは、レイさんの首をガクガクと揺らしながら訴えた。ボクは、もう必死だ。ユウリちゃんがこのままいなくなっちゃうんじゃないかと思うと、いてもたってもいられない。
ガクガク揺らしすぎて、レイさんが白目をむいてるけど、関係ないよ。答えるまで、やり続けてやる。
でも、この頭で白目をむいて変顔をされると、更に破壊力が増してしまう。コレを見て、イリスがまた、指を差して大笑いし始める。ボクも、ちょっと吹いてしまう。
「ネモお姉さま!」
そこへ、聞き覚えのある声がして、振り返る。と、そこには天使の姿があった。
「ふえ……ユウリちゃん……!」
その姿を見て、ボクは思わず、涙を流しました。そして、レイさんを突き飛ばすように離して、ユウリちゃんに駆け寄った。思わず、胸に抱きしめてしまう。安心しすぎて、そうせずにはいられない。
「ぐ、ぐへへ……ご褒美は嬉しいですけど……でも苦しいです、お姉さま」
「あ、ご、ごめんね」
腕の力は緩めるけど、抱きしめることはやめられない。そして、力を抜いたことにより、自由になったユウリちゃんは、ボクの胸に、思い切り顔をすりつけてきた。鼻ををくんかくんか鳴らしながら、幸せそうな表情を浮かべている。
ボクは、ユウリちゃんの頭を両手で掴んで、それをやめさせた。
「浚われたって聞いて、ボク必死に探したんだよ」
「ご、ごめんなさい、お姉さま。ご心配をかけたみたいで……でも私、浚われてはいませんよ?」
「はい?」
「お風呂に入ろうとした所で、お家の扉が破られた気配がしたので、すぐに家から逃げたんです。追いかけられましたけど、途中で偶然通りかかった女性に助けていただいたので、無事でした」
「そうだったんだ……」
じゃあ、ボクがした事って、一体なんだったのだろう。辺りの惨状を見渡して、そう思ってしまう。
ま、いっか。ユウリちゃんは無事だった訳だし、何の問題もないよ。
「でも、じゃあ何でここにいたの?」
「お姉さまが、私の頭上を飛び越えてこちらのほうへ飛んで行ったのが見えたので、追いかけてきたんですよ」
確かに、ユウリちゃんは汗だくだく。息が荒いのは、ボクの匂いを嗅いでいるからじゃなくて、ただたんに息が上がっているだけだったんだね。ごめんね、ちょっと気持ち悪いと思ってしまったよ。
「ご、ごめんね。全く気づかなくて……」
「いいんですよ。あ、お買い物、ちゃんとできたんですね。偉い偉い」
「えへへ」
ユウリちゃんが、ボクが手に抱いていた紙袋を見て、頭を撫でてきてくれた。凄く嬉しいよ。
「さ、帰りましょう。今夜は、シチューです」
「うん」
辺りはもう、すっかり暗くなっている。お腹もペコペコだ。ボクは、ユウリちゃんと自然と手を繋いで、家に向かって歩き出した。
「ちょっと、待──」
そんなボク達を、眼鏡の男の人が呼び止めかけたけど、続きの言葉はなかった。ふと、隣のユウリちゃんを見るけど、ニコやかにボクに笑いかけてくる。ま、いっか。止められないから、ボク達は再び歩き出した。
「いや、待ちなさい!私の事を忘れていますよ!?」
慌てて追いかけてくるイリスと共に、僕らは家路につきました。




