頑張りました
竜は、強かった。ボクが、異世界で倒した魔王よりも、強かったと思う。
ただ、ボクはそんな竜を、先日倒したばかりです。表向きには、メイヤさんが主となり、ギルド総動員で倒したことになっているけど、実際は違います。ボク1人で倒しました。
だから、レンさんのお父さんが、そんな事を口にした時点で、ボク達の勝利です。ユウリちゃんの狙いは、それだったんだね。
「今、竜を倒したら、許してくれると言いましたね」
ユウリちゃんが、ニヤリと笑って、レンさんのお父さんに念を押します。
「ああ、言ったとも。もし、ネモさんが竜を倒せたら、レンを連れていくがいい。君の言う通り、竜をも倒してしまうような人が守ってくれるのなら、安心だ」
「だ、そうです、お姉さま」
「……」
ここで、ボクに振るのか……。
レンさんのお父さん、声が大きい訳じゃないけど、怖くて苦手なんだよね。今だって、ユウリちゃんがボクに振って、そんな振られたボクを睨みつけてきて、怖いです。
「そ、それじゃあ、レンさんを、連れていきます」
「話を聞いていたか?私は、竜を倒したら、レンを連れて行ってもいいと言ったのだ。君はまだ、竜を倒していない。そもそも、竜はこの世にわずか数体しか存在しない。先日は、偶然この町にやってきた竜を、キャロットファミリーが総力を挙げて倒してくれたようだが、それは本当に竜だったのかも、疑わしい。相手が本物の竜だったら、アレは勝てん。そして、皆殺しにされているはずだからな」
確かに、竜の強さを知っている人なら、そう考えるのが普通だ。メイヤさん達では、とてもじゃないけど竜には勝てません。
それじゃあ、レンさんのお父さんは、竜を知っているのではないか、という考えに至ります。
「れ、レンさんのお父さんは……竜を……ディレアトを知っているんですか……?」
「っ……!」
ボクの問いかけに、レンさんのお父さんが、驚愕の表情を浮かべました。ボクは、意味が分からずに戸惑います。
「何故、その名を知っている……?」
「え、えと……」
イリスが、あの竜をそう呼んでいたからだ。たぶん、合っていると思う。凄く強かったし、アスラに起こされて、ちょっと可愛そうだと思い、名前だけでもと思って、覚えていた。
「ボクが、倒したからです。ディレアトは、本当は、ボクが倒しました。一人で、頑張りました」
「……」
レンさんのお父さんが、ボクの告白に、更に唖然とした表情を見せます。それから、我に返ると、首を振って鼻で笑いました。
「そんな事、ある訳がないだろう。その名を口にした時は、もしやと思ったが、それはない」
「ほ、本当です。本当に、ディレアトを倒したのは、ボクです。証拠はないですけど……」
「言うだけなら、誰にでも出来る。だが、竜を倒したなどという嘘は、口にしないでくれ。娘の友人が、そのような嘘を口にするのは、耐えがたい苦痛だ」
「先ほどの質問に、答えなさい」
それまで、ボク達とは離れて座り、様子を見ていたイリスが、口を開きました。そのままイスに座り、足を組んで、偉そうな態度で、レンさんのお父さんに問いかけています。
「先ほど、とは?」
「貴方の口ぶりは、竜を知っているとしか、思えない。対峙した事があるのでしょう?」
「ああ、あるよ。若い時に、一度だけ、ね。私が見たのは、ディレアトとは別の竜だが、当時の私はやんちゃだった。竜の住まう、立ち入り禁止の地へ冒険に出かけ、そこには見た事もないような魔物が住み着いており、そんな魔物に私は大怪我を負わされ、あっという間に、死の淵に落ちた。そこで、竜に助けられたのだ。彼女には、怪我の治療や、怪我が治るまでの間、面白い昔話を聞かせてくれて、世話になった。また、同時に彼女の強さを間近で見せつけられたよ……。ディレアトは、そんな彼女が話をしてくれた、一体の竜の名だ」
彼女って言う事は、その竜は女の人なんだね。レンさんのお父さんの、若い頃のやんちゃ話はともかくとして、だから、竜の強さを知っているんだ。
それにしても、助けてくれるなんて、優しそうな竜だね。ディレアトとは、また違ったタイプなのかな。
「──私は、気高き竜の力を、目の当たりにした。だから、アレに人が勝てるとは思えない。それに、竜は私にとって、恩人でもある。そのような嘘は、控えてくれ」
「ぼ、ボクは、本当に竜を倒したんですけど……」
「ネモの言っている事は、本当です。この、女神イリスティリアが、保証します」
「……君も、そのイリスティリア様だと名乗るのは、やめたまえ。ハッキリ言って、少し痛いよ」
「……」
ボクを援護してくれたイリスだけど、レンさんのお父さんには、全く聞き入れられません。むしろ、レンさんのお父さんの指摘に、イリスがぷるぷると震えて、悔し気に唇を噛んでいます。
先日、イリスの真の正体……イリスに、女神イリスティリア様の姿を見て、その名を呼んだレンさんのお父さんだけど、その時の記憶はないみたい。ここへ訪れて、偉そうに堂々と名乗り、可愛そうな物を見る目をされたイリスは、記憶に新しいです。
「ぷぷ」
その時の事を思い出して、思わず笑ってしまいました。
「イリスさんの事は、放っておいていただいて結構です。それよりも、父上……そのような危険な事をしていたのですね。自分ばっかり」
「ほっとくな!相手にしなさい!その失礼な人間を、私の目の前に這いつくばらせて──」
イリスを止めたのは、ロガフィさんだ。立ち上がって迫ってこようとするイリスを、抱きしめて座り直し、その口を塞いでくれた。
そんなロガフィさんのファインプレーに対し、ボクは親指を立てて称えました。




