よしよし
魔王を討伐するとは言ったものの、自発的に討伐に行こうなんて、ロガフィさんがいなければ思いもしなかった。ボクは、この世界の勇者ではない。だから、そんな事をする必要はない。この世界には、この世界の勇者の器の人がいて、その人が魔王を討伐すべきだ。
でも、ロガフィさんを助けるためなら、話は別だ。ボクは、そのためなら魔王を倒す事もいとわない。
「なんですか、そのアホみたいな反応は……。ネモは、本当に勇者です。この、女神たるイリスティリアが保証します。どうです、凄いでしょう!?」
イリスを抱いているロガフィさんが、拍手してイリスを盛り上げます。ディゼルトも、目を輝かせて、テンションが上がったままだ。
けど、相変わらずメイヤさんと聖女様、2人の反応は薄い。
そういえば、聖女様にはその事を、既に話してあった気がする。聖女様はともかく、メイヤさんにはたぶん初めて話す事だったと思うけど、それにしても反応が薄いね。
「確か、ラクランシュ様はその事を知っていたような……」
「はい。既に、聞いたことのあるお話です。竜をも倒すその力……間違いなく、勇者様の持つ力でございます。なので、今更驚く事でもございませんね」
「ちなみに私は、ネモ様を初めて見た時から、勇者様だと確信していました」
「私だって、竜を倒す程の力を見てから、確信しておりました」
そういえば、レンさんは初めて見た時から、ボクを勇者と呼んでいた。危機一髪の所だったレンさんを助けたボクは、レンさんにとっては、まさに勇者のような存在という訳だ。
そんなレンさんと、張り合うように聖女様が言うけど、案外子供っぽい人なんだよね。そこがまた、完璧で完成された聖女様ではなく、凄くイイ。
「メイヤさんは、驚かないんですか?お姉さまが、勇者だったという事に」
「ん?ああ。勇者勇者と言われても、いまいちピンと来ない」
「元の世界で、テレビゲームとかはしなかったんですか?そういうのを想像してもらえれば、分かりやすいと思うんですけど」
「興味なかったな」
メイヤさんとユウリちゃんは、異世界からの転生者。そして、元居た世界も同じだ。
その会話の意味を理解できるのは、この中でボクとイリスだけ。聖女様やレンさんは、ゲームとか聞いても、更にピンと来ていない。
しかし、興味なかったとキッパリ言い切られるのは、複雑だ。ボクは、3年もの間、メイヤさんが元居た世界で引きこもり、ゲームやアニメを堪能してたから。生きがいだった物を、興味ないと言い捨てられるのは、ちょっと傷つきます。
「しかし、この世界において勇者という存在が、どれだけ偉大で強大な力をもつ者なのかは、知っている。本来は女神様に選ばれるべき存在らしいが……なるほど。イリスによって選ばれた、本物の勇者がネモという事か」
「その通りです。私が選び、私の指示によって、ネモは異世界の勇者として、魔王を打倒して世界を救った。凄いでしょう……?」
イリスは、自信をなくしたのか、先ほどまでの自慢気な態度ではなくなり、遠慮がちだ。
「そ、そうだな。凄い。驚いた」
遠慮がちに尋ねるイリスに対して、メイヤさんはだらしのない、鼻を伸ばした顔で、そう答えました。別にそうは思っていないけど、遠慮がちなイリスが可愛いから、嬉しくてそう答えたようだ。
「お姉さまの事は、もういいです。お姉さまが凄い事は、皆さん重々承知しているはず。問題は、お姉さまが魔王を討伐しに行くと言っている事です。その事が意味する所を、考えないといけません」
「……そうだな」
「そうですね」
「そうでございますね」
「……」
皆、ユウリちゃんの言った言葉に、神妙な面持ちで俯いてしまった。
正直に言うと、ボクは、その意味がよく分からないでいます。えっと、ボクが魔王を討伐しに行って、ロガフィさんや、ジェノスさんを助ける。……それ以上に、何か意味があるの?
でも、その事がイリスにバレたら、きっとバカにされてしまうに違いない。ここは、何も言わずに話を合わせる方向で、やり過ごそう。
「ネモ。簡単に、魔王討伐を口にするのは、いい。貴方なら、きっとやり遂げてしまうでしょう。でも、ユウリの言う通りです。その辺りの事は、考えているんですか?」
よりによって、なんでボクに聞くの?ボクは内心で、気がきかずにそんな事を聞いてくるイリスに対して、怒ります。
「も……もちろん。考えてる、よ」
「……」
イリスの言葉に頷いたボクに、皆の注目が集まりました。じゃあ、考えを聞かせてと、皆の目が言っている。
「……す、凄く頑張れば、いいんじゃないかな」
我ながら、バカっぽい事を言ったなぁと思います。でも、何も思いつかなかったので、仕方ない。何も言わないよりは、マシだよね、うん。
「ネモが何も分かっていないのは察していたので、貴方の意見なんてどうでもいいんですが……でも、凄く頑張るって……なんですか、そのバカみたいな答えは」
「え……」
イリスがボクをバカにしながらサラっと言った言葉に、ボクは呆然とします。もしかして、ボクはハメられた?分かっていて、ボクに話を振ったの?だとしたら、凄く性格が悪いよ。元々性格が良くないと思っていたけど、もっと良くないよ。
「よしよし」
悔しがるボクの頭を、隣に座るユウリちゃんが頭を撫でて、慰めてきてくれました。
悔しかったけど、嬉しいからもうどうでもいいや。ボクは、甘えるようにユウリちゃんに寄り添い、幸せです。




