ギルドマスター
声の主は、建物の中から、颯爽と歩いて登場した。
その人は、ド派手な金髪を、オールバックに纏め上げて、耳には金のピアス。両腕に、宝石の散りばめられた腕輪を付けている。更には、首からは大きな輝く宝石の、ネックレスをつけた、いかにもお金持ちそうな男の人だった。年は、若いかな?おじさんと言うよりは、お兄さんという感じ。その背中に羽織ったマントも、凄く高そうです。そして、その腰元には一本の剣を携えている。一目見て分かるけど、それは伝説級の武器のようだ。勇者とか、偉い騎士様とか、そういう人が持つヤツ。ボクの目には、そういう武器を見分ける力があるらしくて、凄い武器と、凄くない武器の違いが、すぐに分かるんだ。凄いでしょ。
ボクはそれを踏まえて、すかさず金髪オールバックのお兄さんのステータス画面を開く。
名前:レイ・ヘイベスト
Lv :85
職業:ギルドマスター
種族:人間
れ、レベル85……さすがは、ギルドマスターさん。凄いレベルだよ。そして、それに見合うだけの武器という訳だ。
「オレは、このギルドのマスター。レイ・ヘイベスト。君の名前を、教えてくれないか」
「……」
ボクは、首を横に振った。
「……まぁいい。君、こんな事をして、タダですむと思ってるのか。何人か、死んじゃってるよ?オレの、大切なギルドメンバーを殺したんだよ?死ぬよりも、辛い目にあう準備は、できてるよね?」
「ボクはただ、浚われた知り合いを、取り戻しに来ただけです……!ユウリちゃんを、返してください!」
「悪いけど、君は勘違いをしている。ここに、そんな浚われた女の子なんて、いないよ。そうだよな?」
レイさんの言葉に応えるように、フラフラとした足取りで、建物から女の人が姿を現した。頭にネコミミの生えた、女の人。それを見て、人間ではない事は分かる。年齢は、20歳くらいだろうか。ボロボロな奴隷服を身に纏い、その首には、重厚な首輪が付けられている。彼女の全身は、あざや擦り傷だらけで、ボロボロ。その顔には、生気が全くない。
「……はい。ここには、浚われた女の子はいません。いるのは、正規のルートで処理をされた、奴隷です」
「だってさ。ちなみにコレ、飽きたしこの後ぶっ壊すんだ。君にはオレのギルドで暴れた責任を取って、オレの奴隷になってもらう。んで、コレの代わりは、君で決定。そっちのエルフは、部下にでも回してやるよ」
レイさんは、楽しそうにそう言いながら、ネコミミの女の人の頬を、殴り飛ばした。女の人は、思わずその場に倒れこみ、そのお腹をレイさんが蹴り飛ばす。
「あぐっ!」
苦しげな声をあげる女の人に、レイさんは加減なんてしない。更には、女の人の顔面を踏みつけて、ぐりぐりとする。
痛そうだけど、奴隷さんなら仕方ない。正規のルートの奴隷さんという事は、そうされるだけの、理由がある訳だから、ボクが関わる事じゃないよね。
「最近の玩具は、脆くて困るんだけど、君は強そうだから、ちょっと丈夫そう?なるべく長く、楽しませてくれよ」
「……はぁ。バカですね」
口を開いたのは、イリスだ。ボクの服を掴んで、後ろに隠れていたけど、離してボクの前へ出る。
「弱者を、暴力で支配して従わせるのは、クズの所業。それを甘んじて受け入れて、助かるチャンスを棒に振るのは、愚か者の所業。私から見れば、どちらも大して変わらない。どちらも、大嫌い」
「クズで、けっこう、だ!この世は、強者が弱者を支配する世界。強者は、好きな女を奴隷にして、弄ぶ権利があるんだよ。オレは、ただ欲望のままに、支配するだけ。誰も、オレには逆らえない!オレは、強いからだ!この女みたいに、村から浚って、それを止めようとした奴を殺したって、誰もオレを咎められない!オレが、強いからだっ!」
ん?待って。今、気になる事を言った。
「今、浚ってきた、と言いましたね。その、女の事を」
ボクが聞きたかった事を、イリスが聞いた。
「おっと。口が滑ったな。まぁいいか。そうだよ。コレは、たまたま立ち寄った村で、目に付いたから連れて来たんだよ。と言っても、同意させたがな。でも、飽きた。もういらない」
「聞きましたね?あれ、無理矢理浚われてきたみたいですよ」
「……」
ボクは、その瞬間、地面を蹴った。地面が削れて、砂埃を立てる。その時には既に、ボクはレイさんの目の前にいる。
そして、振りかざしたボクの拳が、レイさんの顔面を襲う。だけど、さすがはレベル85。そんな一撃を、レイさんは頭を下げて、避けて見せた。結果的に、ボクの拳はレイさんをかすっただけで、空を切る事になる。辺りは強風に襲われて、建物の窓ガラスは破れ、地響きまでもが起きるけど、ハズレはハズレ。
「……いや、驚いたな。凄まじい一撃だ。でも、当たらなければ意味はない。そして、今の全力の一撃は、そんなに連打できる物じゃない。違うか?」
ボクから距離を取ったレイさんが、そう言ってくるけど、別に全然本気じゃないし、連打もできる。
「別に──ぶふっー!?」
本気じゃないよ、と伝えようとしたけど、ボクはレイさんの姿を見て、噴き出してしまった。
「ぶわっはっはははははは!ひ、ひはははははははは!ぶふぉ、おえ、あははははははは!」
ボクよりも、遥かに下品に、大笑いをするイリス。涙まで流して、大笑い。その気持ちは、よく分かる。
大笑いをするボク達に、レイさんは自分の頭におきている異変に、気がついた。自分の頭を、手で触り、そこを確かめる。
「は……」
レイさんの頭は、ボクの拳がかすったことによって、酷い事になっていた。オールバックに決めていた髪の毛が吹き飛んでしまい、てっぺんを中心として、円を描くように、大きな肌色の大地が出来上がっている。まるで、隕石でもぶつかったかのよう。しかしながら、頑張った毛根が、いくつかある。1,2,3,4……5本かな。5本の髪の毛が、肌色の大地に根付き、威風堂々と、風に凪いでいる。更に、前髪が少し無事で、目に垂れ下がっているのが面白さに拍車をかけている。
「は、ああああぁぁあぁぁぁぁぁ!?」
「……ぷっ」
それまで、生気がなく、レイさんになされるがままになっていた、奴隷の女の人までもが、その姿を見て笑った。更には、ボクが顔面を殴っておとなしくさせた、このギルドの人たちまでもが、噴き出した。それくらい、インパクトのある絵面でした。
「よ、よくも……よくも、やってくれたなぁ?殺す、ぜってえぇぇぇに殺す!」
血走った目をしたレイさんが、剣を抜いた。殺気の篭もったその目は、本気だ。それで、空気は変わった。レイさんが放ったすさまじい殺気に、笑いどころではなくなる。
「ぎゃははははははは!」
ただ、イリスだけは笑い続けた。しかも、思い切り。




