止めなさい
「落ち着きなさい、ロガフィ。話は、最後まで聞くべきです」
「……」
イリスにそう言われたロガフィさんが、立ち上がったまま固まります。取り乱している様子が見て取れるけど、イリスのおかげでそれ以上の行動に出る事はありませんでした。
イリスが止めなければ、たぶん走って行っちゃってた思うよ。それくらいの、勢いだったから。
「ジェノスさんが、魔王討伐に?一体どうして、そんな事を……」
「どうやら先の戦いで、ジェノスさんは魔王の軍勢を追い返す事には成功しましたが、撤退を条件として、とある約束を交わしたようなのです」
「約束?では、実力ではなかったと言う事か」
メイヤさんが、残念そうに言いました。
でも、それはおかしい。ジェノスさんは、ボロボロになって怪我をしていたから、戦ってはいたと思う。レベル的にも、ジェノスさんに敵うような人が、そう易々といるようには思えない。
「実際に、戦闘はありました。諜報の話によれば、ジェノスさんの力は一騎当千の活躍で、魔族達を次々に葬ったようです。しかし、相手は大軍です。やがて、体力が尽き始めたジェノスさんに対し、主戦力をこれ以上失いたくない魔王側の魔族が、撤退の条件を申し出たようなのです」
「ほう。その条件とは?」
「……現魔王の妹である、ロガフィさんの引き渡しおよび、ジェノスさんの魔王軍復帰。それが、ジェノスさんに突き付けられた、撤退の条件です」
「なるほど。その男が軍に戻る事が、あちら側にとって、それほどまでの価値があるという事か。加えて、元魔王の引き渡し……その条件を、呑んだというのだな」
「はい。ジェノスさんが彼らの前に姿を現した時点で、ロガフィさんが生き延びている事が、彼らにバレてしまいました。このままでは、ロガフィさんを狙い、この町に更なる危険が及ぶ可能性があります。その責任をとるため、一旦は条件を呑んだフリをして、魔王の下へ殴り込みに行き、魔王を倒す……ジェノスさんは、そう言い残し、町を出ていきました」
死んでお詫びをするという、ジェノスさんの言葉が脳裏によぎりました。
魔王がどれだけの力を持っているのか知らないけど、ジェノスさんより強いのは確かだ。ジェノスさんより弱かったら、とっくに倒して、この町に来る必要もなかったから。となると、ジェノスさんは本当に、死を覚悟して魔王に挑もうとしている事になる。
全ては、ロガフィさんを守るためだ。この町へ来たのも、ロガフィさんを守るため。魔王を倒しにいったのも、ロガフィさんのため。本当にあの人は、ロガフィさんの事しか考えてないのかもしれない。
「で、では、あの男は戻ってこないという事ですね……?という事は、ロガフィさんは私の物。これから、ずーっと一緒にいて良いんですよね」
ボクの腕に抱き着いているユウリちゃんが、怪しく笑いながら、小声でそんな事を言っています。少なくとも、ユウリちゃんの物にはなりません。
「っ……!」
「止めなさい!」
突然、ロガフィさんが駆けだしました。お店の出口へ向かって猛然とダッシュするロガフィさんに、そうなる事を予測していたのか、イリスが素早く指示しました。
「任せろ」
最初に反応したのは、ディゼルトだ。お肉を口にくわえながら、すぐに追いついてその腕を掴みました。
「へ?」
でも、ロガフィさんは止まらない。ディゼルトを引きずったまま、全くスピードが衰えることなく行ってしまいます。
聖女様の魔法の範囲外に出た、亜人種の女の子を引きずって走っていくロガフィさんの様子に、周囲の冒険者たちも戸惑っています。
「ネモ!」
既に、ボクの両腕に抱き着いていたユウリちゃんとレンさんは、腕から手を離していました。ボクは、イリスに名前を呼ばれるのと同時に席をたち、ロガフィさんの前へと回り込みます。そして、猛然と突っ込んできたロガフィさんを、抱き止めました。
「……離して」
ボクは、ガッチリとロガフィさんを掴んで離さない。さすがに、元魔王なだけあって、物凄い力だ。こんな力の持ち主だからこそ、ディゼルトが掴んでも止められなかった。
「ありがとう、ディゼルト。あとは、ボクに任せて」
「あ、あぁ」
ロガフィさんの腕を、一生懸命掴んで止めようとしてくれたディゼルトにお礼を言うと、ディゼルトは戸惑いながらも、ロガフィさんの腕から手を離した。
「どこへ行くつもりなの?」
「ジェノスを、追いかける」
「だ、ダメだよ。ロガフィさんが魔王に捕まったら、また酷い目にあわされちゃう。それに、ジェノスさんもそんな事は望んでない」
「でも……行かないと、ジェノスが死ぬ。離して!」
ロガフィさんが、ボクを突き飛ばして来た。そのあまりの威力により、ボクは吹き飛ばされて、お店の出入口の扉を壊しながら、外へと出されてしまいました。そして、地面を転がっていき、最終的にお店の正面の建物の壁にぶつかり、止まります。
突然お店の中から吹き飛んで出てきたボクを、外で待機していた聖女様の護衛の騎士が、何事かとみてきて恥ずかしいです。




