失言
聖女様に目を向けられたロガフィさんが、首を傾げます。
そういえば、ロガフィさんがボク達と一緒にいる事に、聖女様は何も触れなかった。まるで、知っていたかのようにさえ、思えます。
「ロガフィが、どうしたと言うのですか」
「……いえ。ジェノスさんに関して、皆さんは何と聞いておられますか?」
「ジェノス?ああ、あのすぐに死ぬとか言う、気持ちの悪い魔族の男ですか」
ロガフィさんと一緒に、この町に逃げてきたジェノスさんは、この町で密かに、ラーメン屋さんを営んでいる。あまり儲けはないみたいだけど、そのラーメン屋さんの材料を取りに、出かけるとか言って、ロガフィさんをボク達に預けて出て行った。
「ジェノス……確か、魔族のもう一方の方の男だな」
メイヤさんが、言いました。
「メイヤさんは、ロガフィさんの正体について、知っていたんですか?」
「ああ。一応、この町にとって、元とは言え魔王を受け入れると言う、重大な決断だからな。一部の者だけに、知らされている事だ。ちなみに、きな臭い連中には誰も伝えていないので、安心するがいい」
レンさんの疑問に、メイヤさんはお肉を口に運びながら、答えました。
知っているのかな、とは思っていた。だって、ロガフィさんの事を、全く気にする素振りも見せなかったし、名前も紹介しなくても知ってたから。
「先の戦いでは、その男が随分な活躍を見せてくれたようではないか」
「その通りです。迫る魔王の軍勢を、たった一人で追い返してくれたのが、ジェノスさんでした」
直接見たわけではないけど、ボロボロになったジェノスさんが、追い返してくれたのは事実だ。ボク達がズーカウに手を焼いている中で、そんな孤軍奮闘の活躍を見せてくれたジェノスさんがいたから、ボクは随分と楽ができました。
いなかったら、あの後でボクがそんな魔王の軍勢と戦わないといけなかったからね。本当に、助かりました。
「相当な腕のようだな。今思うと、そんな化け物クラスの魔族を受け入れてしまい、本当に良かったのだろうか……と、失礼した。失言だ。許してほしい」
「……」
あまりにも強い、ジェノスさんの力の話を聞いて、メイヤさんがそんな言葉を漏らしてしまった。
魔族は、人にとって、敵という概念がある。だからこそ、受け入れた魔族が思った以上の力を持っていたら、恐怖を抱いてしまうのも当然の事かもしれない。
でも、ジェノスさんがこの町のために戦ってくれたことは、事実だ。
すぐに失言に気づいたメイヤさんが、ロガフィさんに謝罪したけど、無表情ながら、ちょっと俯いて元気がなくなってしまった気がする。
「安心しなさい。ロガフィも、あの魔族の男も、無害です。女神であるこの私が、保証します」
「……」
イリスがそう言ってくれたおかげで、ロガフィさんに元気が戻りました。戻りすぎて、勢い余って無言でイリスに抱き着きます。
「女神ではなく、元女神ですね」
「ああん?」
イリスの言葉を正しく修正した聖女様を、イリスがロガフィさんに抱き着かれたまま、睨みつけます。幼女で何の力も持っていないイリスに睨まれたって、何の迫力もないのに、ロガフィさんに抱き着かれたままだと更に迫力がありません。
「あの男でしたら、ロガフィさんを私たちに預けて、材料を取りに行くので留守にすると言って、街の外へ出かけていきましたよ」
ユウリちゃんが、簡単にそう話しました。
「そうでございますか……他に何か、変わった様子や、気になる所はありましたか?」
「いえ、特には……あ。ロガフィさんを預かるに際して、お金を預かったのですが、その額がかなりの額だったのが、少し気になります」
「いくら、でしたか?」
ユウリちゃんは、言ってもいいかと、ボクの方を向いて来ます。腕に抱き着いたままなので、上目遣いで見てくるユウリちゃんが可愛い。じゃなくて、話してもいいよと、頷きます。
「50万Gです」
「……」
それを聞いて、聖女様は深刻そうに俯いてしまいました。
「それが、どうかしましたか?」
「……その額は、私がジェノスさんに渡した、援助金と同じ額です。恐らくは、全く手を付けずにとっておいたのでしょう。そしてジェノスさんは恐らく……戻って来る事はありません」
「どういう事ですか?あの男は、数日で戻ると言っていましたが……」
「……ジェノスさんは……魔王を討伐しに、旅に出たのです。恐らくは、死を覚悟して……」
「っ……!」
聖女様が心苦しそうに言うと、ロガフィさんがイリスから離れて、勢いよく立ち上がりました。




