邪魔
あまりにも大きなノックの音に、ボクは驚いて、慌ててユウリちゃんから距離を取った。
「んー」
「ゆ、ユウリちゃん。誰か、来たみたい」
そんなノックの音を、意地でも気にする事なく、未だに目を閉じて唇を尖らせるユウリちゃんだけど、そんな雰囲気はもうどこかに行ってしまった。ボクは、ユウリちゃんを腕に抱えると、部屋を飛び出して、階段を下りて玄関の方へとやってきます。
玄関の前では、ディゼルトが短剣を構えて、警戒してくれている所だった。イリスもそんな様子を、陰ながら見守っている。
「ネモ」
「だ、誰が来たの?」
「今、アンリが見てきてくれているので、帰還待ちです」
「やっほ、お待たせー」
「ひっ」
玄関の扉から、いきなり顔を出して来たアンリちゃんに、ディゼルトが可愛い悲鳴をあげた。そんな反応を見て、アンリちゃんが満足げに笑っています。それから、ガクリと首の力を抜き、ゆっくりと顔を上げて上目遣いでディゼルトを睨みつけてくる。
まるで、某映画のような演出に、ディゼルトが怖がっています。
「それで、誰でしたか」
そんなアンリちゃんの行動を意に介せず、顔だけ出して睨みつけてきているアンリちゃんの頬を、イリスがまぁまぁの勢いで両手で挟んで尋ねました。パチンといい音が響いて、痛そう。
イリスは、零体のアンリちゃんに触れる事のできる、特別な体質だからね。それでいて、アンリちゃんの命を握っている人物でもある。
「いったぁい!」
痛いんだ……。アンリちゃんは涙目になりながら、そんな事をしてきたイリスに抗議の目を向けています。でも、もとはと言えば、ディゼルトを怖がらせようとしたアンリちゃんがいけないんだよ。
「……」
というか、黙り込んでしまっていたディゼルトが、凍り付いて固まっています。
「でぃ、ディゼルト。しっかりして」
「はっ。わ、私は一体何を?」
そんなディゼルトの肩に手を置くと、すぐに意識が戻って来たようで、安心します。立ったまま、軽く気絶してしまっていたようだけど、戻ってきてくれて良かったです。
「くだらない事をしてないで、さっさと教えてください」
「うぇー……開ければ、分かる事だよ。いちいち、人を頼らないでくれるかな?」
イリスの攻撃に、すっかりへそを曲げてしまったアンリちゃんは、頬を押さえながらいじけたように言い放って来た。イリスの頭に血管が浮き出て、ちょっとイラついている様子が伝わってきます。
そんな騒ぎの中で、再び大きな音で扉を叩かれて、驚きました。
これ以上は、やめてほしい。この扉はしょっちゅう色んな人に、乱暴にノックされているので、その内本当に壊れちゃうよ。
「扉を開けるよ。皆、ちょっと下がってて」
ボクは、文句を言ってやろうと、皆を下がらせて、ユウリちゃんを腕に抱えたまま施錠を解き、扉を開きます。
「おがあぁぁぁ!」
「ひゃ!?」
扉を開いた瞬間、怪しげなマスクをかぶった大男が、泣きべそをかきながら家の中へと突っ込んで来ようとしてきました。
ボクは驚くのと同時に、反射的にそんな大男の顔面を、パンチしてしまいました。それにより、巨体が突っ込んできた方向とは、逆方向に吹っ飛んでいきます。すっかりと日が暮れて、暗がりとなった地面を大男が滑っていき、やがて止まった大男は、すぐに起き上がって泣き顔を見せてきました。
「ぶわおぉぉぉ!」
「じ、Gランクマスター!」
マスク姿の大男の正体は、Gランクマスターでした。そういえば、キャリーちゃんを探してどこかへ飛び出して行って、その後の行方が分からなくなっていたんだった。
そんなGランクマスターは、大声を上げて泣いていて、ご近所さんが家から出てきています。そして、何事かと騒然としている。ただでさえ、幽霊が出ると噂が広まっているのに、また別の噂が広まってしまいそうです。
「ギャリーが、どこにもいないんだぁー……どこにいっでしまっだんだぁ。ギャリー、ギャリいぃぃ!」
再び、泣きながら地面を這うようにして迫ってくるGランクマスターは、アンリちゃんを遥かに超えて、怖かった。
「キャリーちゃんなら、もう家に帰ってます!」
「な、何!?本当か!?本当なのか!?」
Gランクマスターの、近づいてくる速度が速まった。そして、ボクに掴みかかってこようとするけど、その前にボクの腕から降り立った、ユウリちゃんが立ちはだかる。
立ちはだかったそんなユウリちゃんの背中からは、黒いオーラが立ち込めています。何やら、凄く怒っているようで、怒りのオーラが具現化して見えてしまっています。
そんなユウリちゃんの様子に気づいたGランクマスターが、急に立ち止まった。
「う、うおおおおぉぉぉぉ!キャリイイィィィィ!」
そして、逃げるように走って、叫びながらお家の方へと駆けていきました。
「……」
残ったユウリちゃんの様子を見て、ご近所さんまでもが、逃げるように退散していく。あっという間に、周囲に人はいなくなって、閑散とします。
「……よくも、邪魔を。あの男、いつか絶対に殺す」
呟くように、殺気を籠めた声で言うユウリちゃんは、正直何よりも怖かった。




