取れてませんでした
空から降ってきたボクは、とある建物の真正面に着地した。
そこは、大きなお屋敷。ラメダさんの奴隷商館よりも、遥かに大きく、立派な建物だ。石造りの屋敷は、4階建て。正面の大きな扉は開け放たれていて、常に大勢の人が出入りを繰り返している。出入りをする人達は、皆冒険者の格好をしている。鎧を着ている人や、軽装の人まで、様々だ。
ここに、ユウリちゃんが、いる……。
空から降ってきたボクを、辺りの人は奇異の目を向けてくる。だけど今は、臆している暇はない。早く、ユウリちゃんを助け出さないと。
「は、離してください……悪かったので、謝るので、離してください……」
ボクの右手には、イリスの頭が掴まれている。そのまま引き摺って中へ入ろうとしたけど、イリスが手を叩いてタップして、そう訴えかけてきた。
辛そうなので、仕方がないから離してあげると、イリスの頭が心なしか、長くなっているような?う、うん。気のせいだよね、きっと。
「私の頭、取れてませんよね……?ちゃんと、ありますよね……?」
心配そうに聞いてくるイリスだけど、ちゃんとある。というか、頭が取れてたら、死んでいるよ。
「失礼。今、空から降ってきたよね」
そんなボク達に、話しかけてきた人物が居た。その人は、ニコニコと笑う、ひょろながの男の人だった。いかにも、人が良さそうな顔だけど、目線がちょっといやらしいというか……主に、ボクの足に向けられていて、嫌悪感を感じざるを得ない。
「ぼ、ボクの知り合いが、ここに浚われたんです!返してください!」
ボクは、その視線を我慢して、頑張って尋ねた。
「浚われた?それは、大変だ。さぁ、中に入って。すぐに、確認をしよう」
ボクの頑張りが報われたのか、男の人はすぐにそう言ってくれた。促されるままに、その男の人に付いていこうとするけど、イリスがボクの手を引っ張って、それを止める。
「……なるほど。クズの集まりとは、よく言ったものです」
イリスのその言葉の意味は、周りにあった。ボク達は、いつの間にか、大勢の男の人に囲まれていた。皆、気持ちの悪い、ニタニタとした顔で、ボク達を見ている。
「どうしたんだい?さ、早く行こう」
「遠慮しておきます。貴方達のようなクズの溜り場に、入るつもりはありません。こちらの用件は、攫った女の子を返してもらう事だけですので、さっさと連れて来て下さい」
「うーん……攫った女の子なんて、数が多すぎてどれの事を言ってるのか、分からないよ」
ひょろながの男の人は、そう言いながら、笑顔でナイフを取り出した。何かをして来るという訳じゃないけど、それを見せ付けて、威圧しているつもりらしい。
それより今、攫った女の子が大勢いると言ったよね?
「……攫った女の子は、どうなるんですか?」
「そんなの、決まってるよ。ギルドメンバーで犯して、遊んで、飽きるまで生きていたら、売りとばす。その繰り返しさ。君達も……こんな所にのこのことやってきて、そうなっちゃうかもよ?」
なんて酷いことを……。いや、まぁゲームの中ではボクも似たような選択肢を取ってはいたけど、こうやって現実として言われると、嫌悪感しか感じない。
憤りが溢れて来るけど、今優先すべきは、とにかくユウリちゃんだ。
「黒髪で、少しボクに似ている女の子で、身長はこれくらい、です。ついさっき、浚われたばかりなので、分かりますよね」
「分かんないな?知ってる人いる?」
ひょろながの男の人が、周りの人たちに尋ねるけど、縦に首を振る人は居ない。というか、そもそも真面目に答えている人は、多分一人もいないよ。
「……もう、分かった。それじゃあ、自分で探すから、いいです。ただし、邪魔するなら、容赦しません」
「邪魔なんて。手伝ってあげるよ。ここにいる、優しいお兄さん達、全員でね」
ひょろながの男の人の手が、ボクに向かって伸びてきた。同時に、周りの男の人たちも、ボクとイリスに近づいてくる。
ボクは、とりあえず、伸びてきた手に向かい、拳を放った。拳は、掌に命中。その瞬間、ひょろながの男の人の腕が、縮んだ。正確には、ボクの拳の威力に、腕が耐え切れず、肩と腕の間が、押し潰されたのだ。
「ん……ひっ……ぎゃあああぁぁああぁぁぁあぁぁ!!」
叫んで五月蝿いので、ボクは顔面を一発殴ってあげると、地面を転がっていって、気絶して静かになった。……いや、死んだか。ステータス画面で確認したけど、HPが0を示したので、たぶんそう。
「んなにしてやがるてめぇ!」
筋肉質で、ボクよりも図体が数倍でかい男の人が、背後から襲いかかってきた。同時に、他にも数人、飛び掛ってくるけど、ボクは一瞬でそれらの人たちの顔面を拳で打ち砕いてあげると、全員その場に仰向けで倒れこんだ。
たぶん、何人かは死んだかな。なるべく手加減はしてあげてるけど、たまに上手くいかないんだ。ごめんね。
それを見て、辺りの空気が変わった。ボクを囲っている男の人たちが、一斉に武器を抜き、真剣な目でボクを睨みつけてくる。
「女ぁ。ここが、オレ達の本拠地だってことを、忘れてねぇかぁ?」
「ちょっと、お痛が過ぎるよなぁ。おい、前衛に強化魔法をかけろ!」
魔術師の人たちが、一斉に魔法を使い、剣を抜いた男の人たちに、指令通りに強化魔法をかけていく。力を増大させる魔法や、素早さを増大させる魔法。色々あるけど、雑魚は雑魚だよ。
「ヘイベスト旅団なめんじゃねぇぞぉ!」
数秒後、この場には、いくつもの男の人の死体と、気絶した男の人とで、溢れかえる事になった。全員、顔面を潰してあるので、酷い顔をしている。それでも、根性のある人は何人か、立ち続けていてそれに感心するよ。でも、一瞬で出来上がった惨状を見て、もう戦う気力はないみたい。武器を捨てて、その場に膝をついてブルブルと震えだす。
「ねぇ。さっきの質問だけど、ボクに似ている、黒髪の女の子を知らない?」
手近な男の人に尋ねるけど、震えながら首を振ってくる。知らない訳ないよ。だって、ここに浚ったと、言っていたから。だから、ボクはその人の胸倉を掴み取り、もう一度尋ねた。
「ねぇ……本当に、知らない?」
「し、しら……知らない……本当だから、命だけは……!」
ボクは、ただ普通に聞いているだけなのに、気絶してしまった。
その胸倉を離すと、その人は地面に突っ伏して、倒れこんだ。
「お、重い……ちょっと、この肉塊、どかして!重いだけじゃなくて、臭い!臭くて、汚い!」
どこからか、イリスの声が聞こえてきた。声のした方を頼りに、目を向けると、イリスは顔だけ出して、そこにいた。
どうやら、倒れてきた男の人の下敷きになったみたいで、イリスの上には巨体がのしかかっている。オブラートに包んで言うと、イリスに覆いかぶさっている巨体は、お肉の塊だ。そして、その塊は絶賛気絶中。イリスは、自力じゃ脱出できないみたい。
「ご、ごめんね、イリス。イリスがいる事、忘れてたよ」
「はぁ!?ちょっと貴方、私の扱いどんどん酷くなっていきません!?まぁ、いいです。それより、このブタをどかしてください!苦しい!」
ボクは、その巨体を蹴り飛ばしてあげる事にした。そうするとそれは、ゴロゴロと転がっていき、別の男の人を下敷きにして止まる。
「ぐえっ!」
下敷きになった男の人は、重そうだけど、別にいいか。仲間を苦しめる行為をしているブタさんには、コレを機に、ダイエットをしてもらいたいものです。
「おぇ……苦しいし、汗ばんでて気持ち悪かった……」
イリスの顔色は、非常に悪い。それでも、自力で立ち上がると、ボクの服の裾を掴み取り、擦り寄ってきた。ちょっと、可愛い。
「ありゃ。こりゃ、大惨事だな」
ボクは、その声に反応して、イリスを庇うように構えました。