考えがあります
お風呂は、結局長湯のイリスのせいで、百秒では済みませんでした。ボクは、自分の身体がふやけるのを感じつつ、イリスと一緒に数十分、お湯に浸かる事になりました。
「はぁー、いいお湯でした」
お湯からあがり、皆とお揃いのワンピースに着替えたイリスは、凄く元気だ。ボクなんて、身体が熱く火照って、立ち眩みはするし、汗が止まらないしで、倒れそうだよ。なのに、どうしてそんなに平気なの?
とりあえず、お湯から上がったボクは、洗面台に設置してある水道の魔法石を発動させ、お水を一気飲みしました。喉が思いきりカラカラとなり、身体が水分を求めている中で飲む水は、最高に美味しかったです。
「たまには、誰かと一緒にお風呂というのも、悪くはありませんね。この高貴な体を洗っていただき、ご苦労様でした」
「……うん」
イリスは、上機嫌そうにくるくると回り、笑いながらそう言ってきて、ボクも笑ってそれに同意します。
ゆったりと、誰かとお話しながらお湯に浸かるのは、人生初めての経験だった。身体をキレイにするのが目的でお風呂に入るのとは違い、過ぎる時間があっという間で、百秒で出るなんてもったいないと感じた。かと言って、ちょっと長すぎかな。次は、もうちょっと早く出ようと、ボクは心に決めました。
次の、レンさんとロガフィさんがお風呂に入ったのを見計らって、ボクは早速、ユウリちゃんを誘い出しました。誘い出したと言っても、寝室に2人切りになっただけだけどね。
ディゼルトやアンリちゃん達は、イリスに任せてあるので、しばらくは平気なはずだ。
「ネモお姉さま?お話とは、なんですか?」
「う、うん……」
話があると言って付いてきてもらったけど、なんて言えばいいんだろう。
ボクはベッドに腰かけて、迷います。自分から言って付いてきて貰ってこれじゃあ、ユウリちゃんが戸惑っちゃうよね。
「え、えと、昼間に、その……?」
しどろもどろになって話をしようとするボクの膝に、ユウリちゃんが正面で膝立ちとなり、ボクの膝の上に顔を置いてきました。
ボクは、なんとなく、そんなユウリちゃんの頭を撫でながら、その手を握ります。
「ごめんなさい、お姉さま。私は、操られていたとはいえ、お姉さまにあんなに酷いことを……」
しばらくそのままでいたら、ユウリちゃんがポツリと呟くように、そう言いました。やっぱり、イリスの言った通り、気にしていたんだね。
「だ、大丈夫だよ。ボクは、頑丈だから、あれくらいじゃ全然平気」
「……でも、私はお姉さまを傷つけようと、してしまいました。結果は大丈夫でも、お姉さまはあの時、私に襲われたという事に対して、傷つけられたのでは、ないでしょうか……?」
確かに、ボクはユウリちゃんに襲われた事が信じられなくて、倒れてしまった。傷なんて、何一つとしてつけられていない。でも、その事がショックで、今まで生きてきた中で、もしかしたら一番、心が痛んだかもしれない。それくらい、痛かった。
でも、すぐにそれが、ユウリちゃんの本心でない事を、悟った。だって、ユウリちゃんがそんな事をする訳ないからね。だから、痛かったのは一瞬だけ。
「うん。凄く、痛かった」
「……」
「でも、ユウリちゃんの方が、痛そうだよ。無理、してたんだね。気づいてあげられなくて、ごめんね。ボクは、平気だよ。今回も、ちゃんと平気だった。でも、ユウリちゃんが傷ついたままだと、ボクまで悲しくなっちゃうよ」
「分かっては、いるんです。お姉さまは、私をとても大切にしてくれていますし、私もお姉さまが大切です。だからこそ、あんな行動は、あってはならいんです。いくら操られていたとはいえ、あってはいけないんです。……未だに、お姉さまのお腹を刺したときの感触が、この手に残っています。それは、大勢の男を殺した前世に感じた感触と、同じです。お姉さまは、この手を汚してほしくないと言いましたが、違うんです。私は、とっくに汚れていて、人を殺す方法を知っている。あの時も、お姉さまが確実に死ぬように考えながら、お腹を刺していました。この手が、覚えているんです。人を殺す方法と、殺したときの感触を……」
ユウリちゃんの手は、ボクの手を握り返してきてはくれない。ボクが、その手を握っているだけで、一方通行だ。
「……ユウリちゃんは、前世で男の人を殺しちゃった事を、後悔してるの?」
「はい」
答えは、早かった。
なんやかんやと言って、男の人に対して優し気な面も見せるから、そうではないかと思っていた。表面上は、けっこうキツイけどね。
「ユウリちゃんは、優しいね」
「優しい人間は、人を殺したりなんか、しません。ましてや、家族のいる人まで殺してしまうなんて、あり得ません」
「でも、ユウリちゃんはもう、罰は受けているってイリスが言ってたじゃない」
「それは、この世界で不幸な目に合ってこそ、成立するのではないでしょうか。正直言って、私は今、幸せです。お姉さまにこんなに大切にされて、これ以上の幸せなんて、ありません。それじゃあ、罰を受けたとは言い難いのではないでしょうか」
つまり、罰がないと、ユウリちゃんの中でけじめがつけられないという事だね。
だったらボクにも、考えがあります。
「……じゃあ代わりに、ユウリちゃんへの罰を、ボクが言い渡します」
ボクはそこで一旦言葉を切って、深呼吸をしてから、口を開きます。




