違う
「……もうちょっと、お姉さまに慰めてもらいたい所ですが、今はそんな事をしている場合ではありませんよね」
ユウリちゃんは、袖で目を拭い、頬を叩いて気合を入れてから、ボクを真っすぐな目で見て、そう言った。
たぶん、無理矢理気合を入れて、気持ちを誤魔化しているんだと思う。でも、本当に、そんな事を言っている場合じゃない。キャリーちゃんを、早くなんとかしてあげないと、その身が危ないのだ。
Gランクマスターは、どこかへ行ってしまったけど、絶対にアテがない。がむしゃらに行動したって、どうにもなりません。なので、期待をしたらいけない。ボク達がなんとかしてあげないといけない。
「うん。キャリーちゃんを、探さないと」
「この男は知っているようですが……聞いた所で、時間の無駄です。ラメダさんには、この男の奴隷紋を封じ込めて貰っておくとして、私たちでキャリーちゃんを探さなければいけません」
「ですが、手がかりが何も……」
「手がかりなど、いりません。この私がいれば、なんとかなるはずです」
「……そ、そうかっ」
ユウリちゃんの、幸運の加護があれば、なんとかなるかもしれない。もう、反発の不幸は去ったはずだから、幸運が戻っているはず。それを利用すれば、偶然見つけて助ける事ができる。
やっぱり、ユウリちゃんは最高だ。
「それじゃあ、行こう、ユウリちゃん!」
「はい!」
駆けだそうとしたボクだけど、ユウリちゃんが付いてこない。振り返ると、ボクに向かって手を広げて、恥ずかしそうにしている。
「実は、まだ、歩くのがちょっと辛いので、お姉さまに連れて行ってほしいです……」
なんだ、そんな事か。ボクは、ユウリちゃんのそんな可愛らしいお願いに、頬を緩めて、ユウリちゃんを抱えました。
「さぁ、行こう!」
いつも、イリスを運ぶのと、同じ体勢です。腕で支えて、くの字で抱えている状態です。まるで物扱いだけど、頼まれたらしょうがない。それに、コレが一番運びやすいんだよね。
「……違う」
ユウリちゃんが、何か呟いた。でも、気にしないでおく。
「ふはっ。無駄だ。もう、お前たちの探してる玩具は、壊されてる。赤狼……お前が、こいつ等に情をかけられたせいだ。お前に関わった者は、皆不幸になる。お前のせいで、この玩具達も、泣く事になるんだよ!」
「……」
レヴォールさんが、しょんぼりとしていた赤狼に、そんな言葉を投げかけた。赤狼は、更にしょんぼりとして、でも何も言い返せなくて、握りこんだ拳を震わせ、耐えている。
それを見て、ボクはイライラが止まらなくなり、ユウリちゃんを抱えたまま、レヴォールさんへと近づきます。そして、その眼前にたって睨みつけます。
「なんだ?私に、手を出すつもりか?言っておくが、奴隷紋は無効化されていても、私の命が尽きれば、奴隷達は奴隷決壊をおこすぞ?無効化できるのは、命令だけだからな」
「本当ですか?ラメダさん」
ユウリちゃんに聞かれて、ラメダさんは困ったような笑顔で、頷いた。
「残念ながら、本当」
「そうですか……本当に、残念です」
ボクの腕に抱えられたままのユウリちゃんが、レヴォールさんを見る目は、殺気に満ちている。女の人を玩具扱いするレヴォールさんに対する怒りを、隠そうともしない。
ボクとしても、それに加えて、ユウリちゃんの頬を舐められた事が、一番頭に来ている。できれば、殺してしまいたい。でも、それはダメだ。
奴隷決壊がどうのじゃなくて、怒りに任せて人を殺めるのは、何か違う気がする。そんな事を、ユウリちゃんにはして欲しくないし、かといって、ボクがそれをするのも、ダメ。でも、レヴォールさんには、相応の罰を受けてもらう必要がある。
ボクは、レヴォールさんに向かい、拳を構えた。
「お、おい……聞いてたのか?私を殺せば、赤狼が奴隷決壊を起こすぞ。赤狼の家族が死ぬんだぞ。いいのか!?」
「……」
「や、やめ──」
壁によりかかる形で座っているので、レヴォールさんはちょっと低い。だから、ボクは掌を上側にした、ボディブローのような形で、パンチを放った。その拳はレヴォールさんの頭をかすめ、壁に激突。壁全体にヒビが入り、建物全体が揺れました。
「はっ、はっ……!」
震えるレヴォールさんですが、ボクの拳は当たっていません。たぶん、痛みもなかったはず。その代わり、前髪から頂上にかけて、髪の毛がなくなっています。まるで落ち武者のような、無様な姿です。
ちょっと前に、ヘイベスト旅団のギルドマスターである、レイさんに向かってそうしてしまったように、この人にも同じ姿になってもらいました。あちらは偶然だけどね。
「ぷっ。あはははは!なるほどね!レイ・ヘイベストにそうしたのも、ネモちゃんだったっていう訳か!納得だよ!」
それを見て、ラメダさんが大笑い。レイさんが同じような姿をしていたので、バレてしまったようだ。……まぁ、いっか。ラメダさんになら、バレてもボクが注目される事にはならないし。
一方で、レヴォールさんはよっぽど怖かったのか、白目をむいて気絶しました。




