懲りてない
赤狼は、なんとかなる。レヴォールさんが死んで、奴隷決壊を起こしたら、ラメダさんの所に連れて行けば、上書きしてもらえるはずだ。でも、家族はどうにもできない。ここにいるならまだしも、遠くにいるとなると、そこに辿り着く前に死んでしまう。
そもそも、今のユウリちゃんはどうなるんだろう。上書きした、ラメダさんの奴隷紋が無効化しているのなら、今の主はレヴォールさんという事になる。そのレヴォールさんが死んでしまったら、ユウリちゃんが再び奴隷結界を起こしてしまうかもしれない。
そういう可能性も考えて、ボクはレヴォールさんにトドメをさす事は、できそうにない。
「ふはっ……バカめ……」
レヴォールさんが、意識を取り戻し、小さな声であざ笑ってきました。その声には覇気がなく、嵌まった壁から脱出はできたものの、壁に寄りかかってまともに立てるような様子ではない。
無理もない。鼻からは、未だに血があふれ出ていて、潰れてるからね。相当痛そう。
「そんな、薄汚い亜人種……放っておいて、トドメをさせばいいものを……」
「彼女は、薄汚くなんてありません。貴方のほうが、よほど薄汚いです」
「黙ってろ、玩具風情が……いや、まぁいい。今は、お前たちを奴隷にする事は、諦めよう……」
「……ユウリちゃんを、返してください」
ボクは、レヴォールさんを睨みつけて、そう訴えます。それに対して、レヴォールさんはニヤリと笑って応えます。
「返す?アレは、元々我々ゲットル奴隷商会の、所有物だ。お前が、違法に奴隷を奪い、盗んだに等しい。私は、お前を告発する。殺人と、窃盗と傷害の容疑でだ」
「まだ、懲りないのですね」
「そもそも、私に手を出した時点で、貴様らはお終いなんだよ。絶対に、奴隷にしてやる。どんな手を使ってでも、この日の己の行いを、後悔させてやるぞ」
本当に、レンさんの言う通り。顔面をぐちゃぐちゃにされても、全く懲りていない。懲りていないから、ユウリちゃんも素直に返してくれそうにない。それにボクはイラついて、怒りを覚えます。
「あーあ。派手にやったわね」
そこへ、扉を開いて呑気な声で部屋に入って来たのは、ラメダさんだった。スーツをピッシリと着付け、もふもふの髪の毛を手で払いながら、颯爽と現れました。
「ラメダ……貴様、どうしてここに……」
「んー……うちのお得意さんが、あんたに挨拶に行くっていうから、気になって様子を見に来ちゃった。それにしても、いい姿ね、レヴォール。おおかた、ネモちゃんにボコボコにされたんでしょう?」
ラメダさんが、ボクに向かってウィンクを飛ばしてそう言ってきました。場の空気に反して、ラメダさんはマイペースで、なんだかボクもちょっと、気が抜けた気がします。
「ああ、この玩具か。そうだよ。だが、最後に笑うのは、この私だ。お前が奴隷紋を上書きして、盗んだ奴隷は、取り戻させてもらっている。これ以上私に手を出してみろ。私の命令一つで、いつでも、どこでも、殺すことができ──」
「随分と、舐められたもんね。あんたの奴隷紋は、術式が単純すぎるんだよ。どんなに上書きの防御を重ねたとしても、その効能は一時しのぎにしかならない。最後に残った、カスみたいなもんよ。ほら」
ラメダさんがそう言って、Gランクマスターに押さえられている、ユウリちゃんの服をめくりました。めくられたお腹にあった、先ほどまで光っていた、3本線は光を失っていき、そして砕けるように、キレイに消えてしまいました。
残ったのは、ラメダさんの、ハートの奴隷紋だけ。
すると、ユウリちゃんが膝を崩して、倒れそうになってしまう。それを、ラメダさんがキャッチ。優しく、地面に横たわらせてくれた。
「……こんな事をして、タダで済むと思っているのか?お前も、告発するぞ。この玩具達同様、奴隷にして、散々遊んでから、売ってやる。前から、お前は気に入らなかったんだよ。玩具の分際で、主人ぶって偉そうにして……だがコレで、お前も晴れて、玩具の仲間いりというわけだ」
「まぁ怖い。ところで、その告発っていうのは、誰にするんだい?」
「ふはっ。この町で、一番の権力者。領主だよ。分かってるだろう?ブラッド・E・ヘンケル氏にだよ。私のバックには、ヘンケル氏がついているんだ」
レヴォールさんが口にした、その聞いたことのある名前を耳にして、ボクの視線は、自然とレンさんへと向けられました。




