触りたい
どうして、赤狼はこんな男の人を庇うんだろう。それも、かなり必死な様子だ。……そうか。奴隷紋を刻まれた奴隷は、主人が死ぬと、奴隷決壊とかいう状態になって、死んじゃうんだっけ。ユウリちゃんも、そうだったから、レヴォールさんが死んじゃったら、赤狼も死んじゃうのか……。
それは、なんだか可哀そうな気がして、気が引ける。この場合、どうすれば良いんだろう。奴隷紋を、レヴォールさんに頼んで消してもらえばいいのかな。
「た、頼む。私は、どうなってもいい。どれだけ痛めつけても、殺しても、構わない。だから、ご主人様だけは、殺さないでくれ。この通りだ」
赤狼は、レヴォールさんの前で、ボクに向かって地に頭をつけ、土下座の体勢をとって、懇願してきた。てっきり、自分の身を守るため、頼んでいるのだと思った。でも、赤狼の発言から察するに、やっぱりレヴォールさんを守ろうとしているみたい。意味が分からないよ。
「ど、どうして貴方は、そこまでしてこの人を守ろうとするんですか……?」
「……」
分からないので、直接聞いてみた。でも、赤狼は答えてくれない。
「えと……赤狼さん、でいいんですよね」
「そうだ」
レンさんが、ボクの横を通り抜けて、赤狼に近づいていく。そして、肩に手を乗せて、身体を起こさせると、土下座をやめさせた。
危ないので止めさせようとも思ったけど、赤狼は短剣を捨てているので、丸腰で、しかも戦う意思は感じられない。
「何か事情があるのなら、話してください。私には、貴方が悪い人には見えないのです。力になれる事があれば、力になりたいと思います」
「……人間に話したところで、無駄だ」
赤狼が、帽子を脱ぎ捨て、マントを外し、立ち上がった。
その姿は、人の物ではなかった。頭の上に、もふもふのケモ耳が2つ、はえている。毛並みの色は、赤色。大型犬の耳のような形をしていて、ぴくぴくと動いています。赤毛のつややかな髪に隠れて、耳の生え際は見えないけど、何かで付けられているようには見えない。しかも、お尻からは大きな尻尾が姿を覗かせている。こちらも、艶やかで触り心地が良さそう。
「あ、貴方は……!」
「これで、分かっただろう……」
「女の子だったのですか!?」
「そう……私は、亜人種。人間に忌み嫌われている生き物だ。……何?今、なんと言った?」
赤狼は、レンさんのその反応を全く予想していなかったようで、勝手に答えてしまった。
亜人……確かに、人ではないみたいだけど、耳と尻尾が可愛くて、凄くいいと思う。嫌う要素がないと思うんだけど、どういう事なんだろう。
あと、レンさんが言った通り、赤狼は女の子でした。顔は、普通の人と変わらなくて、目つきは鋭く、顔はほっそりとしている。声がハスキーでクールな喋り方なので、判断がつかなかったけど、ようやくハッキリとしました。
「女の子だったんですね。ビックリです」
「あ、ああ、そうだ。しかし、驚く所は、そちらではないだろう。この姿を見て、気持ち悪いと思わないのか……?」
赤狼が、耳と尻尾を手で触り、そう尋ねてくる。触りたいな、とか、可愛いな、とかは思うけど、気持ち悪いだなんて、とてもじゃないけど、思わない。
「思いません。ネモ様は、どう思いますか?」
「さ、触りたい……です」
「さ、触る?耳と、尻尾をか?お、お前たち、変なんじゃないのか……?人間は皆、私たち亜人を見ると、蔑み、気持ち悪がるはずだ」
「確かに、残念ながら中には、そういう人たちはいます。しかし、私は何とも思いません。それを踏まえて、もう一度聞きます。何か事情があるのなら、教えてください」
この世界の人たちの常識としては、もしかしたら、赤狼の言う通りなのかもしれない。でも、レンさんは優しいから、そういう事は思わないはずだ。
「……人質を、取られているのだ。この男が死ぬと、故郷に残して来た私の家族が、奴隷決壊をおこして、死んでしまう」
「貴女も、ですよね」
「私は、家族が無事なら、それでいい……!」
心苦しそうにそう言う赤狼に対し、レンさんは赤狼の手を両手で握り締めて、ちょっと怒ったような顔で、赤狼に迫った。
「そんな事、言わないでください!貴女が死んでしまったら、残された家族が悲しみます。貴女は、家族が死んでしまったら、悲しくないのですか?悲しいから、守ろうとしているのでしょう?だったら、家族を失った者の気持ちが、分かるはずです」
「……分かる。分かるが……私は、あまりに多くの人を、殺しすぎた……。もはや、生きる価値も、家族の下へ戻る資格も、ない」
耳と尻尾と、顔をうなだらせて、力なく言う赤狼だけど、それをさせたのは、レヴォールさんだ。赤狼は、悪くない。
こんなに優しい人を奴隷にして、酷い事をさせて、益々レヴォールさんが嫌いになっていきます。最初からあんまり好きじゃなかったけど、もう地面を突き抜けて、星の反対側から突き抜けちゃう勢いで、レヴォールさんの評価は下がっている。




