キレました
抱き寄せたユウリちゃんから、何か違和感が伝わって来た。一瞬、ユウリちゃんがセクハラをしてきているのかと思ったけど、そうじゃない。それは、ボクのお腹に触れていて、ちょっと冷たい感触を与えてきている。
「……お姉さま」
ユウリちゃんが、ボクを呼んだ。そのユウリちゃんを見ると、何故か泣いている。
「ユウリちゃん?」
何かが起きている事に、ボクはようやく気付いた。同時に、ボクのお腹に当たっている物の正体も、分かった。それは、ユウリちゃんの剣だった。剣が、ボクのお腹に、ユウリちゃんの手によって、刺されていた。
刺さっていたとはいえ、それはボクに傷をつけてはいない。めり込んでいるといった方が、正しいかな。血も、一滴も出ていないしね。
ただ、ユウリちゃんが突然、そんな行動に出た理由が分からない。
「ユウリさん!何をしているのですか!?」
ユウリちゃんの、そんな行動に気づいたレンさんが、ユウリちゃんに詰め寄ろうとしている。ボクは、そんなレンさんからユウリちゃんを庇い、その行動を制した。
「レンさん!近寄らないで!ユウリちゃんは、操られてる!」
コレは……そうだ。奴隷紋の、魔力の流れだ。ユウリちゃんは、奴隷紋によって操られ、ボクを襲った。それをしたのは、間違いなく、レヴォールさんだ。
「ユウリちゃんに、何をしたんですか……!」
「なに。その奴隷、どうやらうちの商会の奴隷紋を、上書きしているようだったからな。元の奴隷紋に、戻させてもらったまでだ」
ユウリちゃんは元々、別の男の人の、奴隷だった。その男の人は、ボクが殺した。奴隷紋を刻まれた奴隷のご主人様が死ぬと、奴隷も死んじゃうんだけど、その奴隷紋をラメダさんに上書きしてもらい、ボクの奴隷になる事で、死を免れている。
それで、万事解決だと思っていたんだけど、そうではないらしい。もしかしたら、ラメダさんがボク達に、ゲットル奴隷商会に気を付けるように言ってきたのは、こういう事がある可能性を危惧していたからなのかもしれない。
「その女は、危険だ。殺せ」
ユウリちゃんが、レヴォールさんの命令を受けて、容赦なく、ボクのお腹を何度も切り付けてくる。実際、ボクの肌には何の傷もないんだけど、泣きながら刺してくるユウリちゃんが、あまりにも悲壮な表情を浮かべていて、それが苦しくて、痛くて、倒れてしまった。
「もういい。こっちへ来い」
「ユウリ、ちゃん……!」
行かないで……手を伸ばして訴えたけど、ユウリちゃんはその手から逃れるように、行ってしまった。レヴォールさんは、歩み寄って来たユウリちゃんの体を、ボク達の方へと向けると、服をめくってお腹を見せてきた。
そこには、奴隷紋が、刻まれている。いつもの、黒色のハートに羽根の生えたデザインの奴隷紋は、ラメダさんが刻んだ奴隷紋で、ユウリちゃんがボクの奴隷である証だ。
その奴隷紋の上に浮かび上がっている、光る奴隷紋は、ラメダさんが上書きして、なくなったはずの奴隷紋だ。3本の横線が平行に並んでいて、上にいくほど短くなっていき、2つの点が線の右上に描かれているデザイン。ピンク色の怪しい光を放っていて、力が強まっている事を示している。
「この奴隷紋は……ラメダか。あの女、人の商会の奴隷紋を上書きして、タダで済むと思ってるのか?」
ユウリちゃんが、ボクの手から離れてしまった。それは、ボクにとって、不幸で、この世界で一番、受け入れたくない、出来事だ。ましてや、ユウリちゃんの、悲しそうな表情。ボクを襲ってしまった事に対する、罪悪感が伝わってきて、ボクも凄く悲しい。
そこで、気づいた。コレは、ユウリちゃんの持つ、幸運の加護がもたらす、しわ寄せだ。ユウリちゃんは、絶対的な幸運を持つ見返りに、定期的に、自分が想像する一番の不運に見舞われてしまう。ゲットル奴隷商会の紋章がまだ生きていて、それによって操られて、一番好きだと豪語しているボクに襲い掛かってしまうという、不運に見舞われているのだ。
その心境は、ユウリちゃんの瞳から溢れる、涙が物語っている。
「ネモ様!だ、大丈夫ですか?傷の方は……」
レンさんが、ボクに抱き着いて、お腹を見て心配してくれるけど、傷はどこにもない。服は破れちゃったけどね。
「ところで先ほど、操られていると言ったな。人聞きが悪い事を言う奴だ。元々我がゲットル奴隷商会の商品である奴隷を、その玩具が盗んだのだ。それを、返してもらったまで。いや、待て……もしや、グリルを殺したのは……。おい、玩具。言え。お前の元主人を殺したのは、誰だ」
レヴォールさんが、ユウリちゃんの顎を掴み、その薄汚い顔を近づけながら、尋ねる。ユウリちゃんは、それに応えるように、ゆったりとした動きで、ボクを指さしながら、こう言った。
「……ネモお姉さま、です」
「やはりか……となると、ラメダも共犯も同然だな。面白くなってきたぞ。この傷を負わされた釣りがくるな」
レヴォールさんが嬉しそうに笑い、ユウリちゃんの頬に、舌を這わせた。汚い。あまりにも、汚い。
ボクは、それを見た瞬間。頭の中で、何かがキレるのを感じました。




